#93 芸術と、ピッツアと
※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです
2015年は、元旦から大きな楽しみがわたしを待ち受けていた。
一日の朝、ポーランドのクラクフから久しぶりに飛行機に乗ってイタリアのボローニャへ飛び、そこから列車でフィレンツェへ移動。お正月休みを利用してはるばる日本からやって来る妹夫婦と待ち合わせをしていた。
一日の午後にフィレンツェ入りしたわたしは、翌日の待ち合わせの下見も兼ねて少々街歩き。年明け早々から観光客が多いことに驚き、日本人らしき団体もチラホラ見かけて、一大観光地に来たんだなぁと実感した。
クリスマスはとうに過ぎたのに、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(花の聖母寺)の前には、まだ大きなツリーが飾られていて、そのきらびやかな光の束が、誇らしげに通りかかる人々のカメラやスマートフォンの注目を一身に集めていた。もちろんわたしも例にもれず、何度シャッターを切ったかわからない。
妹たちは、日本からの長旅の後、ようやくホテルに到着したのが一日の真夜中。にも関わらず、翌朝早くの待ち合わせに応じてくれて、その後の4日間は精力的に観光した。
初日から寒空の下で一時間以上並んで入ったウフィツィ美術館。ここは美術館としてはそれほど広くない建物の中に、これでもか!!と言うほど有名な作品がひしめいていて、お正月だというのに観光客もいっぱい。カメラを抱えた人々の間をぬって歩くのが大変なくらい。半日かけて見終わった後には、我ら三人ともお腹いっぱいで、ヘトヘトになっていた。とにかく超有名な絵画が沢山あるので、それらを見逃すまいと思うだけでもかなりのプレッシャーだ。大理石の像が林立する廊下を歩きながら「何気なく置いてあるように見えるこの彫刻達ももしかしたら有名な作品かもしれないねぇ…」という妹の旦那さんの言葉に、ため息をつきながら頷き合った。
ここは美術館内の展示だけじゃなく、建物の外にもフィレンツェにゆかりのある著名人の彫像が並んでいる。わたし個人的には、以前ハマって何冊も読んだ塩野七海の作品を思い出しながら、コジモ一世やロレンツォ・イル・マニフィーコ、マキャベッリやダンテの姿を見て歩くのでさえ、心が浮き立った。
フィレンツェはその市内だけでも、美術館を含めて見どころは山盛りだ。けれどせっかくだからとわたしたちはバスで少し遠出して、フィエーゾレやシエナにも足を伸ばしてみた。
これは大正解。フィレンツェで華やかな芸術の嵐と壮麗な大聖堂を満喫した後に、真っ直ぐに伸びるトスカーナの糸杉の風景を車窓から眺め、のんびり田舎道の散歩を愉しむことができたから。
ところで、ヨーロッパに来てからメッキリ減ったのが外食だ。
その前に居た南米では、一人でもメルカド(市場)やローカル食堂に入って気軽に現地の食を楽しむことができた。けれどもヨーロッパ(特に西欧)では、レストランで一人で食事をしている女性を見かけたことはほとんどなく、男性でさえ二人連れ以上が多いように思う。そんな中で、何度か一人で入ってみたこともあったけれど、わたしにとっては”食の楽しみ”よりも”居心地の悪さ”の方が勝ってしまい、いつも焦るように食事を終えて出て来てしまう。そんな思いをするぐらいならと、結局一人でも堂々と落ち着けるカフェに入ることが多くなっていた。こういうところは、我ながらいつまでたっても小心者だ。
ところが妹たちと合流した4日間は、思う存分、現地のレストランで食を愉しむことができた。
三人いれば数品頼んでシェアすることもできるし、お酒を楽しむことだってできる。何より、一人だと、最初は見た目と味に感動しても、最後はどこか味気なさを感じてしまっていたのが、日本から来てくれた気のおけない家族が一緒だと、本場イタリアの素朴なピッツアやパスタが、本当にたまらなく美味しいご馳走になった。妹は「日本の繊細な味付けの方が口に合うなぁ…」と言っていたけれど。
楽しい4日間は、あっという間に過ぎていく。
このお正月休みを取るために年末ギリギリまで出勤してから、来てくれた二人。遅くまで働いた翌日の早朝の便で飛んできて、時差ぼけが抜けないまま連日朝から観光。お土産を見る時間があまりとれなかった二人のためにわたし一人の時にこっそり買っておいた生ハムを最終日に渡すと、妹からも「美味しそうなチョコレートを見つけたから」と言って、フィレンツェのチョコレートと共に日本から持ってきた水筒が渡された。この水筒は、大きさもちょうど良くて軽い上に保温性も抜群で、冬の間だけでなく、冷房の効いた長距離移動のバスに乗る時も今だにすごく重宝している。
空港に向かうバスがやって来た。
乗り込む直前に「それじゃあ!」と言って、旅人らしく二人それぞれと固くハグ。バスが見えなくなるまで手を振ると、その後は一気に喪失感に襲われて、呆然とした。一人旅にはもう十分慣れきっているはずなのに。
宿に戻ってから、妹がくれたチョコレートの袋を開けると、中から手紙と共に小さく折りたたまれた50ユーロが出てきて、驚いた。笑顔でバスの中から手を振っていた二人の姿が再びグワッとよみがえる。
一人ドミトリーのベッドの上で、溢れ出す涙をぬぐうしかなかった。
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