やばい、まじやばい! 俺の身に何か起こると、世界が急にスローになる
やばい、まじやばい!
何がやばいって、俺の身に何か起こると、世界が急にスローになるんだよ。いや、マジで。
聞きたい?この話?
最初に“それ”が起こったのは、小5の時。多分それが最初。
横断歩道をぼーっと渡っていたら、視界の隅に何か大きなものが入った。と思った瞬間、急に世界が静寂に包まれた。
え?と思ったら、信号無視のトラックが俺に向かってゆっくり進んでいた。
「ああああーーーーっ」て叫んでる運転手とばっちり目が合ったよ。
トラックが少しずつ俺に向かって進んで来たけど、あまりゆっくりなんで、そのままさっさと横断歩道を渡った。
その途端、がーーーって街の音が全部戻ってきて、トラックが急停車する急ブレーキの音。
近くの大人達はてっきり俺が巻き込まれたと思って、トラックの下の覗いていたけど、俺が横断歩道渡りきってるの知って、びっくりしてた。
で、次に“それ”が起こったのが、中2の時。
学校帰りに近所の不良高校生3人組に囲まれてカツアゲされたのよ。
俺はカネを出したくなかったから、断ったわけ。
そしたらその中の一番でかいやつから殴られそうになった。
これは殴られると思って目をつぶったけど、ぜんぜん衝撃が来ないのよ。で、そっと目を開けたら、一番でかいやつが、俺を殴ろうとして、まだ振りかぶっているところだった。
俺はそいつの股間と、ついでに横でニヤけて立っている他の二人の股間を思い切り蹴りあげて、逃げたよ。
振り返ったら、三人が地面に転がって悶絶してた。
俺は確信したよ。その時に。
俺の身に何か危険が迫ると、世界が急にスローになるんだって。
不良に絡まれても、相手の動きがスローになるんだから、もう全然怖くない。
喧嘩なら多分誰にも負けない。
これでボクシングでもすれば、世界チャンピオンになるのも夢じゃないんじゃないかって、俺は有頂天になった。
確かに、喧嘩は無敵になった。
とにかく、全てのパンチ、キックが見切れるんだから、負けるわけがない。
数人が束になって来ても、見切れる、見切れる。
相手がバット、鉄パイプとか物騒なものを持ち出して来ても、全然平気。
危なければ危ない状況になるほど、世界がスローになる。
誰も俺に指一本すら触ることができない。で、あっという間に俺にコテンパンにやられてしまう。
喧嘩は連戦連勝。
半年足らずで、俺は近隣の中学、高校の不良どもから一目置かれる存在になったよ。
え? 信じられない?
今じゃ「ホトケのゴンちゃん」って言われてるからな。
でも、その時はまだやんちゃだったからな。喧嘩上等のわけよ。
喧嘩に明け暮れる一方で、俺は近所のボクシングジムにも入門した。
世界チャンプを目指すんだから当然だ。
でも、入門した俺を見てジムのトレーナーは、鼻で笑いやがった。
そりゃそうだよな。ろくに筋トレなんかしてないから、俺はひょろひょろの小僧だったし、そのうえ、ちょっと練習をさせると、すぐ息が上がる。体力もない。
反射神経も鈍い。はっきり言って俺は運動音痴だ。
トレーナーから、お前はボクシングには向いてないって真顔で言われたよ。
なので、ジムではつまんねえ基礎練習ばかり三ヶ月もやらされた。
おかげでガタイは良くなったけどな。
そのうち俺がそこらの不良達と喧嘩してるって噂がジムの会長の耳に入ったんだろうな。
ボクサーは素人相手に喧嘩するなって、すっげー説教をくらった。
入門以来、俺はろくにまともなボクシングの練習なんかさせてもらってないのにな。
で、素人相手にいくら喧嘩が強くても、プロにはかなわないことを教えてやるって、プロテストに合格したジムの先輩とスパーリングすることになった。
プロと殴り合うのは初めてだからな。めちゃ緊張した。さすがに。
で、開始18秒で俺がノックアウトした。右フック一発。
先輩は完全に意識失ってた。
会長は苦笑い。
偶然いいパンチが顎に入ったぐらいに思ったんだろうな。
他の練習生を俺の次の相手にさせようとしたんだけど、俺が近隣の不良達相手に無敵なことをみんな知っているから、俺とのスパーを嫌がるんだよ。
だいたい目の前で、プロテスト合格の先輩が秒で俺にノックアウトされるのも見たしな。
で、仕方ないって感じで、ちょうど練習に来ていた日本ランカーの先輩が俺とスパーリングすることになった。
会長は、日本ランカーに「相手は素人なんだから、手加減しろよ」って言ってた。
さすがに日本ランカーだと迫力が違う。身体の出来も違う。
俺は正直びびったよ。
で、開始24秒でまたノックアウトした。右アッパー一発で。見事に。
日本ランカーは白目向いてマットにのびた。
こりゃ、世界チャンプにマジなれるなって思ったよ。
会長もそう言ってた。
でも、有頂天で過ごせたのはそこらあたりまでだった。
それから何日もたってない日の全校朝礼の時だった。
朝っぱらからカンカン照りの太陽の下で、校長がつまらねー話をしだした。
校長の話のつまらなさと長さには定評がある。
女生徒が途中で気分が悪くなって座り込んだり、倒れたりするなんてことがざら。
俺も暑さと寝不足とあまりの話のつまらなさに、ホント死にそうだった。
で、もう我慢の限界って感じの時に、校長の話が超スローになった。いつもの5倍ぐらいの遅さ。
校長だけじゃない。俺の周囲の生徒もみんなスローになった。
退屈であくびしてるやつなんか超スローで大あくびしてる。
スローになった世界の校長の話はちっとも終わらないんだよ。全然終わらない。
俺にしてみれば3時間ぐらいつまらねー話を炎天下に立ちっぱなしで聞いている感じになった。
もう本気でぶっ倒れるかと思ったよ。
で、やっとのことで教室に戻っってきて受けた英語の授業で、いきなりの抜き打ちの小テスト。
「えーーー!」ってなった瞬間から、また世界が遅くなった。
制限時間10分の小テストが体感2時間ぐらい続いたよ。いつまでたっても終わらない。
で、その後の授業も超スロー。いつまでたっても授業が終わらない。
授業がだいたい5時間ぐらい延々と続く感じ。悪夢だろ。
なのでその日は2限受けただけで、学校ふけたよ。さすがに。
俺的には朝礼も入れて朝から12時間ぐらいは学校にいた感じだったからな。
いや、何が起こったんだかわからなかったよ。その時は。
なんか変だと思ったから、家に帰って自分の部屋で午後はぼーーーっと過ごした。
で、夕方になって予約してた歯医者に行った。
そしたら、それが地獄だった。まさに生き地獄。
歯医者で治療の椅子に座った途端、世界がまた超スローになった。
えーっマジかーーーーって思ったけど、もう後の祭り。
仕方ないからそのまま治療を受けた。
その日は奥歯の根幹治療だったんだけど、治療が始まってすぐ後悔したよ。
歯茎の麻酔を延々と打たれる。30分ぐらい歯茎に麻酔をずっと注入され続ける感じだった。
で、麻酔が効くまで待ってねーって言われから、軽く2時間ぐらい放置。
で、ようやく治療が始まったと思ったら、医者は、奥歯をゆっくり、ゆっくり2時間ぐらいかけて削って、根っこの治療をぐりぐり、ぐりぐり延々と4時間ぐらい続けやがった。
いつまでたっても治療が終わらない。全然終わらない。
口開けっ放しのまま、合計14時間ぐらい(体感だけど)治療という名の拷問を受けることになった。
マジ死ぬかと思った。
それから世界が超スローになることがいろんな所で頻繁に起こるようになった。
13日の金曜日って映画あるだろ? ホラー映画。
あれなんか絶叫しそうな場面から、超スローになって、ジェイソンが現れるまで8時間ぐらいもかかった。退屈で死ぬかと思ったぜ。
映画やドラマの思わず肩に力が入るようなやつはだいたいダメ。ゆっくりすぎて、我慢して終わりまで見ることができない。
心臓バクバク系もダメ。
思い切ってクラスメイトに告ったら、世界が固まったみたいに超スローになって、返事もらうまで6時間ぐらいかかった。
返事?「じゃあ、お友達なら」だよ。6時間もかかって。
なんだよ、それ。
人気の家系ラーメン屋の行列は、だいたい7時間ぐらい並んだ。
コンビニの混雑するレジだと3時間。
QBハウスのヘアカットの順番待ちは、次になってから2時間待たされた。
で、どうやら世界がスローになるのは、俺に危険が迫った時とかじゃなくて、俺がストレスを感じると起こる現象だってことに気づいたわけだ。
肩に力が入ったり、イラっとしたり、ドキドキすると起こるんだな。
世界がスローになる度合いも、どうやら俺の感じるストレスの大きさと比例するようなんだ。
頻繁に起きだしたのは、多分、俺が喧嘩ばかりしていたせいで、すぐに臨戦態勢になれるように身体が順応したってことなんだろうな。
それからの俺は、心穏やかに過ごすようにしたよ。
喧嘩もボクシングもやめた。
いちいち世界がスローになってたら、やってられないだろ。さすがに。
それから6年。
もう喧嘩どころか口論さえしない。
怒らない、イラッとしない、他人に優しくする。笑って過ごす!これだよ。人間は。
それで俺は「ホトケのゴンちゃん」って言われるようになったわけよ。
え?ゴンの由来?
喧嘩の時に、チョーパンすんじゃん。
頭で相手の顔とか容赦なくゴン、ゴンやるわけ。俺が。
それで俺は”ゴンちゃん”って呼ばれるようになったわけ。
今じゃすっかりホトケだけどな。
じゃ、ちょっとトイレ行ってくるわ。
漏れそう。酎ハイ飲み過ぎたわ。大も出そう。
え? そこまでいちいち言わなくていい? わかった。わかった。
おっ、並んでんじゃん。まいったな。
ちょっ、ジジイ。横入りすんなよ。
漏れそうだ? ふざけんな。
こっちが漏れそうなんだよ。
・・・ったく。
あれ? 世界がスローになってる。
やっ、やばい!
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