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自分の部屋でタイムスリップした話
人は懐かしさを感じる生き物だという。
それは他の動物にはない、人間特有の感情らしい。
「懐かしさ」を引き起こすトリガーは、過去の繰り返しの経験と、対象物と触れない期間の長さだそうだ。
だからこそ、長い時間を経て再び触れたものには、特別な感情が宿る。
私は、今の夫と同棲を始めるタイミングで実家を出た。
それまでの人生を過ごした自分の部屋を離れるのは、ある種の大きな転機だった。
それから5年が経ち、今では結婚生活にも慣れたものの、実家の部屋は「自分の部屋」ではなく、実家に帰った時に寝るための場所になっていた。
この夏、その「元・自分の部屋」を片付けることになった。
本棚や衣類ケース、クローゼットを一つ一つ整理していく。
そこには、大学時代に夢中で読んだパウロ・コエーリョの本、旅行先で何気なく買った謎の置物、いつどこで手に入れたのか覚えていない雑貨屋のパスケース。
夫と出会う前によく着ていた、色鮮やかな花模様の服もあった。
目に入っていたものでも、実際に手に取ると懐かしさがこみ上げる。
片付けを進めるうち、ついに机の引き出しを開ける時が来た。
何年ぶりだろう。
その中には、小学生の頃に父が出張で買ってきてくれたカトちゃんのキーホルダーや、
母がビーズで作ってくれたアクセサリー、
小学校の文集、まだらに書かれた日記、
プリクラ、友達からの手紙、
そして電源の入らない昔の携帯電話が詰まっていた。
その瞬間、一気に胸が締め付けられるような懐かしさが込み上げてきた。
「そういえば、父ちゃんが出張のたびにカトちゃんを買ってきてくれたな…楽しみにしてたっけ。」
「この頃の母ちゃんは、老眼なんてなくて、ビーズで色んなものを作ってくれたんだ。」
「高校の時、みんなで渋谷に行ってプリクラを撮ったな。あの頃はプリクラに書き込むのが流行ってた。」
「このケータイの待受って何だったっけ。メールが来ると横が光って教えてくれたな…。」
ひとつひとつに思い出が詰まっていて、手を止めずにはいられなかった。
まるでその引き出しは、当時の私自身をギュッと保存しているようだった。
片付けられた本棚やクローゼットも、どこを見てもその当時の思い出があふれている。
まるで過去の私が、この瞬間を待っていたかのように。
幼少期から結婚するまでの時間、
もう戻らない時間たちが、そこには見えないけれど、確かにそこに存在していた時間が、部屋の中に詰まっていた。
当時の私や、その時の家族や友達が思い出の品たちを通してわらいかけてくる。
30歳を超えると、新しいことに出会う機会は少なくなってくる。
でも、過去の自分と再会することで、その懐かしさに浸りながらも、今の自分がどれだけの時間を積み重ねてきたのかを実感した。
けたけた笑う過去の私に、手を添える家族の影が見えた。
実家はタイムマシーンだったのか。