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(雑感)フランスにおける日本マンガの翻訳事情

私が今働いているのはフランスの出版社。そしてマンガ専門の出版社。ということはつまり、出版物の100%が「翻訳本」だということ。

さて、実はフランスというのは、海外の翻訳本の出版数が世界でもっとも多い国のひとつ。(ドイツも多い)。

出版されている本のうち、6冊に1冊は翻訳本、だそう。(http://mondedulivre.hypotheses.org/4645

出版社でも、海外文学を専門にしているところや、あるひとつの言語を専門にしているところ、東アジアにしぼっているところ、など様々だ。

2013年の統計によると、翻訳出版物の売り上げのうち、6割ほどは英語からの翻訳本が占めているのだけど、

第2位はなんと日本語(11.8%)

これはなぜかというと、フランスはマンガが多く出版される国だから。

小説、文学ということで見てみるとあまりバリエーションはなく、社会科学系の本は日本学や、日本を対象にした人類学分野など、わりと限られたテーマが基本。社会科学系の本が好きな私からしたら不満な点の一つだけれど、これについてはまた今度。

さて、マンガというのは小説と違い、巻数も多く、刊行リズムも非常に早い。それに一冊の印刷部数も多いのが特徴。だから、第2位に日本語が上がるわけだ。

また、違う視点から見るとマンガの翻訳という仕事は翻訳家にとっては嬉しい「安定した収入源」になる。

日本語の書物の翻訳だけをして生計を立てている人たちが実際に私の周りにもかなりいる。

こう考えるとつまり、フランス人で日本語の読み書き、そして翻訳技能を持った人たちが実はたくさんいる。

日本人は、とかく日本語というのは特殊で難しいから、と考えがちだけれど、たとえそれが事実であっても、学習不可能なわけはなく、実際、日本のサブカル文化が広まってから、日本語を学ぶ若者も急増した。そして、今、それを仕事にする人が増えた、と。

マンガの翻訳でしょ、たいした技能じゃないんじゃないの?なんて思う人もいるかもしれない。もともとテキストも多くないんだし、と。

たしかに翻訳者の腕というのはとくに何か証明できる資格があるわけでもないので計りづらいというところはある。

しかしフランスでマンガ市場ができてから、20年。最初の頃の翻訳を読むとかなり質が悪いものもあったようだ。でもこの20年でフランスのマンガ読者たちも成熟し、日本語に触れる機会が増えた。それに伴い、適当な翻訳で出版できないのが現実。マンガファンたちの翻訳に対する視線が意外と厳しかったりするのもこの業界で働き始めて知ったことのひとつだ。以前は適当にアダプテーションという形で翻訳をしていた人たちが翻訳市場から消えていったこともうなずける。

また、日本語が話せて読み書きもできる編集者がいなければ、マンガ出版社としても競争に勝つのは厳しくなってきた。大手であればたいてい編集者トップには日本語ができる人がいる。絵だけをみてライセンスを買っていた時代からずいぶんと変わってきたということ。

さらに言えばマンガ出版業界ではスタンダードになりつつあるこの話だけれど、小説や文学を手がける出版社にはここまで日本に精通して言語もできる人たちはなかなかいない。マンガ出版事情を見ていると、翻訳者たちだけでなく、編集者たちにも日本語ができる人たちが揃っているということ。

ただ、これだけ日本語をフランス語に翻訳できる人がいるわけだけれど、冒頭でも触れたように多くがマンガの分野で仕事をしている。なので小説を出版する出版社がこの日本語の翻訳者の市場をどのように把握しているのかが気になっているところ。

そしてもうひとつ気になっている点。マンガの翻訳をする人たちは日本のマンガの読み方を知っているマンガファンが多い。さっき書いたようにマンガの翻訳が安定収入源だからという理由もあるけれどもともとマンガ好きがマンガの翻訳を仕事にしている。そのうち小説など他分野の翻訳をてがけたいと願っている翻訳者はどのくらいいるのか、という点。

知り合いにはマンガと小説を両方手がける人たちもいるのでそこからさらに広がりがあるといいのでは、と思ったり。

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追記:UNESCOのIndex Translationumは各国の翻訳事情の統計が簡単に検索できるのでとってもおもしろい。

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