深夜に絶叫する妻! 頚椎症の再発か? 寝言か?
「痛い」
と、聞こえた気がしました。
深夜の2時ごろです。
僕は、まだ完全には覚醒していません。
「痛い」と言ったのなら、隣で寝ている妻のゆかりちゃんしかいません。
でも、僕の夢の中の、誰かの声かもしれません。
あるいは、ゆかりちゃんの、寝言かもしれません。
半分眠りながら、そんなことを考えていると、また、
「痛い」
と聞こえました。
僕は、むくりと上半身を起こしました。
左に寝ているゆかりちゃんの方に、身体と視線を向けました。
ゆかりちゃんの背中が見えます。
顔は見えませんが、眠っているように感じます。
「痛い…」
と、聞こえました。
またすぐに、
「イタ…」
と聞こえました。
間違いありません。
ゆかりちゃんが「痛い」と言っています。
でも、寝言かもしれません。
寝言っぽい言い方です。
ゆかりちゃんの右ひじが、真上を指しています。
操り人形の右ひじの糸だけが、天井から引っ張られた、そんな不自然な姿勢です。
「痛い、痛い、痛い! 痛いっ!!」
寝言じゃ、ないかも。
つい2~3ヵ月前まで、ゆかりちゃんは、肩の激痛に苦しんでいました。
頚椎症という神経痛を患ったのです。
鋭い痛みが、ゆかりちゃんの肩を襲いました。
鎮痛剤も効かなくなり、あまりの痛さに、ゆかりちゃんは涙をこぼすこともありました。
整形外科をはしごしました。
A整形外科もB整形外科も、診てはくれますが痛みはとってくれません。
保険が使えない謎の多いA整体院にも行きました。
謎でも何度か通いました。
B接骨院にも行きました。高額な長期間の回数券を買いました。
少し割安になるからです。
ゆかりちゃんは何ヶ月も、その強烈な痛みに耐えるしかなかったのです。
僕ができるのは気休めのマッサージぐらい。無力でした。
(……再発か?)
考えたくないことを、どうしても考えてしまいます。
つい浮かんでしまうのです。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
ゆかりちゃんの声が大きくなりました。
気づけば右手が、ピーンと伸びています。
ヒジではなく、手のひらで天井を指しています。
真上に何か見えるのか?
それを捕まえようとしているのか? そんなふうにも見えます。
手は筋張っていて、力が入っているのが分かります。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
ボリュームMAXです。
僕は、「大丈夫? どうしたの?」と声をかけました。
「あっ、あっ…
あし…
足つった!!!」
「……足?」、と僕。
(こむら返り?)
(その手、なに?)
ホッとするやら、腹立たしいやら。
僕は、ゆかりちゃんの、ふくらはぎを伸ばしました。
長い時間、ふくらはぎをマッサージしたのです。
痛みが軽くなったらしいゆかりちゃんに、あらためて聞きました。
「あの手、なに?」
「は?」
ヒジを上げ、手を上げていた、という自覚は、ゆかりちゃんにはありませんでした。
僕は、ゆかりちゃんが大好きです。
おしまい