紫式部日記第12話十日の、まだほのぼのとするに、御しつらひ変はる。
(原文)
十日の、まだほのぼのとするに、御しつらひ変はる。
白き御帳に移らせたまふ。
殿よりはじめたてまつりて、君達、四位五位どもたち騒ぎて、御帳の帷子かけ、御座ども持てちがふほど、いと騒がし。
日一日、いと心もとなげに起き臥し暮らさせたまひつ。
御もののけども駆り移し、限りなく騒ぎののしる。
月ごろ、そこらさぶらひつる殿のうちの僧をば、さらにもいはず、山々寺々を尋ねて、験者といふかぎりは残るなく参り集ひ、三世の仏もいかに翔りたまふらむと思ひやらる。
陰陽師とて、世にあるかぎり召し集めて、八百万の神も、耳ふりたてぬはあらじと見えきこゆ。御誦経の使、立ち騒ぎ暮らし、その夜も明けぬ。
※御しつらひ変はる:出産に備え、室内の家具・調度・装飾を白一色に変える。
※御帳:御帳台。貴人用に室内に設置した座所。台上に畳二枚を敷き、四隅に柱を立てて、帳を垂らす。四畳半より少し狭い。
※君達:道長の子息たち。頼通、教通など。
※日ひと日:終日、一日中。
※御もののけども駆り移し:中宮彰子に取りつく邪霊を引き出して、他のおとりに取りつかせる。当時は病気や難産は死者や動物の邪霊の仕業と考えられていた。
(舞夢訳)
10日の、まだほんのりと薄暗い夜明け前に、御座所が模様替えとなりました。
中宮様は、白い御帳台にお移りになりました。
道長様をはじめとして、お子様たちや四位、五位の人たちが、忙しく御帳台の垂れ絹を掛けたり、筵や蔀などを持ち運ぶ間は、実に落ち着きません。
中宮様は、その日一日中、とてもご不安な様子でした。
起きたり、伏せたりして、お過ごしになられました。
その間、中宮様に取りついた物怪を追い出して、よりましに移す時など、修験僧はこれ以上は出ないというような、大声を張り上げます。
今回のご出産までの数か月、お屋敷に控えている大勢の僧侶たちは当然のこと、山という山、寺という寺を尋ね回り、修験者があまねく参集しているのです。
(それらの全ての修験者が、思い切り声を張り上げるのですから)三世の諸仏も、これをお聞きになられて、天空を飛び回られ邪霊退治の御力をお示しになられるかと、想像されます。
また、陰陽師についても、世間に名前が知られている限りは、全て召し集めたので、その祓いに耳を貸さない八百万神は、おられないと思います。
(それに加えて)あちこちの寺に誦経を願う御使いが、一日中忙しく発せられる中、ようやくその日の夜も明けました。
中宮彰子ご出産の前の様子の記述である。
様々な御座所の準備や、加持祈祷、陰陽師、あちこちの寺への誦経依頼で、大騒ぎになっている。
やはり、道長は出産に伴う不幸が心配だったようだ。
紫式部も、やはり不安なようで、神仏に祈るような書きぶりになっている。
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