紫式部日記第17話また、この後ろの際に立てたる几帳の外に、

(原文)
また、この後ろの際に立てたる几帳の外に、尚侍の中務の乳母、姫君の少納言の乳母、いと姫君の小式部の乳母などおし入り来て、御帳二つが後ろの細道を、え人も通らず。行きちがひみじろく人びとは、その顏なども見分かれず。
 殿の君達、宰相中将、四位の少将などをばさらにもいはず、左宰相中将経房、宮の大夫など、例はけ遠き人びとさへ、御几帳の上よりともすれば覗きつつ、腫れたる目どもを見ゆるも、よろづの恥忘れたり。頂きにはうちまきを雪のやうに降りかかり、おししぼみたる衣のいかに見苦しかりけむと、後にぞをかしき。

※尚侍の中務の乳母:内侍司の長官。道長の二女。「中務の乳母」は二女の乳母。
※姫君の少納言の乳母:「姫君」は道長の三女。この年は10歳。三女の乳母。
※姫君の小式部の乳母:道長の四女の乳母。
※殿の君達:中宮彰子の弟の頼道や教通たち。
※うちまき:邪気払いのために撒く米。

(舞夢訳)
また、この北廂の間の後方の境目に建てた几帳の外には、尚侍の中務の乳母、姫君の少納言の乳母、幼い姫君の小式部の乳母が割り込んで来たので、二つの御帳台の後ろの狭い通路など、とても人は簡単には通れません。
あちこち行き来してみたり、身動きする人もいて、その顔も誰が誰なのか、見分けることができません。
道長様のご子息や宰相の中将、四位の少将などは当たり前で、左の宰相の中将、中宮の大夫など、いつもはそれほど親しくもないのに、何かにつけて几帳の上から覗き込み、その度に、私たちの涙で腫れた目を見られてしまうのです。
ただ、今となっては、その恥ずかしさも気になりません。
頭の上からは、邪気払いとして散米が雪のように降りかかって来ますし、しわだらけになった着物など、どれほど恥ずかしかったことか、後になって笑いがこみあげて来ます。

紫式部は、中宮彰子のご出産直前、周囲の動き、緊張感を、見ている範囲を全て記録している。
現代風に言えば、実況中継。
ただ、紫式部も、安産を祈願する役目。
大勢の人の中にあって、やはり集団心理に巻き込まれ、涙まで流している。
「かの源氏物語の作者にして」と思う人もいるかもしれない。
ただ、紫式部とて、人間なので、集団心理に巻き込まれることもあるし、涙を流すこともある。

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