紫式部日記第15話人げ多く混みては、いとど御心地も苦しうおはしますらむとて、

(原文)
人げ多く混みては、いとど御心地も苦しうおはしますらむとて、南、東面に出ださせたまうて、さるべきかぎり、この二間のもとにはさぶらふ。
殿の上、讃岐の宰相の君、内蔵の命婦、御几帳の内に、仁和寺の僧都の君、三井寺の内供の君も召し入れたり。
殿のよろづにののしらせたまふ御声に、僧も消たれて音せぬやうなり。

※讃岐の宰相の君:誕生する若宮の乳母となる女房。
※内蔵の命婦:中宮(道長家)の女房。「命婦」は五位以上の女性または五位以上の官人の妻。助産役を務めるらしい。
※仁和寺の僧都の君:法務僧都。権大僧済信。中宮彰子の叔父。
※三井寺の内供の君:三井寺(園城寺)永円。中宮彰子の従兄弟。「内供」は宮中で国家安泰、御体安穏を祈る内供奉僧の略。

(舞夢訳)
これほどに人が多くて混み入っている状態では、中宮様の御気分は、尚悪くなられるだろうと思われたので、道長様が女房達を南廂の間や東面の間にお出しになられたので、特別に関係が深い人たちだけが、この二間にて控えておられます。
殿の北の方の倫子様と讃岐の宰相の君、内蔵の命婦が御几帳の中に入り、さらに仁和寺の僧都の君と、三井寺の内供の君も、御几帳の中に召し入れられました。
その際の道長様が万事に大声で采配を振るうので、僧侶たちの読経の声も、かき消されてしまうほどでした。

中宮の御出産となると、天下の大行事。
天皇家に男子が生まれるか否か、それにより、天皇家を支える大貴族や官僚の勢力バランスも全て変わってしまうのだから。
道長としては、天下国家のために(そして道長家の永遠の子孫繁栄のために)何が何でも、安全に出産(できれば男子を)を、願う。
そのために、娘彰子のご懐妊を知って以来、準備も財力も惜しむことなどあり得ない、必死の努力を続けてきた。
そして今、ご出産を目前にして、必死の采配を振るうのである。

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