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成瀬は天下を取りにいく 宮島未奈

大津の熱気に当てられて、読んでしまいました。
ソフトカバーなんて、ホント久々に買っちったよ。
略称は、成天なのかぁ。

お京阪掲出ポスター
石山寺
石坂線 京阪大津京駅

滋賀県大津市を舞台に、実名をバンバンと繰り出して来る、地元民なら狂喜乱舞必至な短編集でありました。
大津市民の西武愛がまた凄いのですが、これは百貨店の他にも、近江鉄道(大津市内はバスのみ)が西武鉄道系であるとか、大津プリンスホテルがあるとか、色々あるかと思われます。
レオマーク(西武グループの証)の入ったバスが街中を走っていれば、そりゃ刷り込まれると言うものです。
知らんけど。
とは言え、西武を名乗っていても、今や流通系は所謂西武グループではありませんから、余計に無情な時の流れを感じたりもします。

成瀬は天下を取りにいく

全6作品の短編集ですが、実は単行本タイトルの物語は無かったりします。

ありがとう西武大津店

[31頁]

成瀬あかりは、既に幼稚園時代から賢く優秀で運動も出来る、正に栴檀は双葉より芳しで独自の行動原理と思想から、周囲との距離感が無い訳でもありませんが、至って本人はそれを気に留めている様子もありません。
大抵は子供の頃に優秀であれば(特にスポーツ)、リーダーシップを発揮して、ヒエラルキーの頂点に君臨するか、孤高な独自の道(奇人変人やオタク系列)を歩むかに分けられるかと思うのですが、勿論成瀬は後者です。
孤高の成瀬でも、同じマンションに住む幼馴染で同級生の島崎みゆきは特別で、心を許せる大切な存在なのでしょう。 島崎は自ら凡人と言いますが、それは成瀬との比較の話であって、同世代の平均以上の賢さを持っていると思いました。 過去の自分の行動を総括した上で、成瀬ウオッチャーに成ろうと決意出来る訳ですから、賢く無い筈は無いでしょう。
島崎視点で綴られる、2人が中学2年の夏休みに起きた(起こした?)、西武大津店閉店に纏る物語です。
実際の地名等実名でバンバン登場しますから、この西武大津店閉店も2020(令和2)年8月にあった出来事でした。
成瀬は島崎に、その最後の8月を西武に捧げると宣言し、そこから毎日中継を行うびわテレ(BBCびわ湖放送)の『ぐるりんワイド』に出ると言うのでした。
中々突拍子も無い話ではありますが、それでも中学生くらいであれば考えそうな話でもあります。
一度であればですが。
島崎もあっさりと受け入れている辺り、突飛な話でも無いからか、成瀬だからなのか、まぁ後者なんでしょう。
若干の紆余曲折もあり、島崎も付かず離れずで、最終日を迎える事となりましたが、そこで成瀬の真意が明らかになる訳です。
成瀬は次いでの様な物言いでしたが、絶対違うでしょうね。
そこで恐らく、単行本タイトルの一端であろう、高らかに荒唐無稽とも言える宣言をするのでした。

膳所ぜぜから来ました

[37頁]

膳所ぜぜ
ルビが振られる位には、難読地名であるかと思われますが、高校野球好きなら読める筈ですし、私も知っていました。
まぁ鉄道や歴史に、地理等のクラスタも読めそうです。
成瀬あかりと島崎めぐみは、閉店した西武大津店の近所に住んでいる様なので、膳所在住と言う事です。
西武大津店プロジェクトから、僅か数日後に成瀬からの大抜擢で、島崎は『M-1グランプリ』に挑戦する事になるのでした。
唐突感は否めないですが、それが成瀬だと言われたらそうなんでしょうし、もしかすれば実は夏休みから始める予定のミッションだったのかもと思ったりしました。
成瀬と島崎が、『ゼゼカラ』(膳所から来ました)となって、仲をより深めたエピソードですね。
島崎は、成瀬が自分に何も期待していないと感じている様ですが、その逆で成瀬なりに凄く気を使っている気がします。

階段は走らない

[33頁]

突然ですが、成瀬と島崎は出てきません。
2人とは膳所の同じ町内の様ですし、それだけでも無く全く無縁でも無いのですが、この物語はおじさん達が主役の、西武大津店に纏るまた別のお話でした。
スピンオフみたいな、感じですかね。
まぁ短編集にその概念も、また少し違うかも知れませんが。
物語は、西武大津店閉店が公となった年(2019年)から始まり、彼等が小学生時代から30年を経た、壮大な物語だったりします。
西武大津店を介した、長年の友情物語ですかね。

線がつながる

[31頁]

出た、滋賀県立膳所高等学校。
おじさんを挟んで、いきなり高校に進学していた、坊主頭の成瀬でした。
優秀な成瀬なら、膳所高かなとは思ってはいました。
そして島崎は、別の高校へ進んだ様で、大貫かえで(ぬっきー)視点のお話です。
ぬっきーは、高校デビューを目論んで、東大受験を目指しますが、異様に成瀬を忌避しています。
学内ヒエラルキーを気にして、関わりたく無いと言うのは建前であって、総ての面に於いてコンプレックスを刺激されてしまうところがあるのかも知れません。
それに、小学校時代には、ちょっとした因縁もあった様です。
島崎も、積極的に面倒事に関わりたくないのはあるにせよ、成瀬に対して言うべき事は言えますし、強いコンプレックスを持ってはいないでしょう。
ぬっきーの、島崎への評価も低くは無いのですが、それは性格的なものがあるでしょうし、幼馴染と言う近しさで成瀬の解像度の格段な違いもあるのでしょう。
ぬっきーは、賢い故に視野は広いのですが、考え過ぎと自らの欲求から、肝心の核心部が見えていない感じでもあります。

レッツゴーミシガン

[28頁]

成瀬は、膳所高校でかるた班に入り、全国大会(団体と個人)に出ていました。
2年生になってましたが、会場は近江神宮(近江勧学館)では無く、滋賀市民センターでした。
取り敢えず、なるぴょんと呼ばれる位には、班に溶け込んでいる様です。
そう言えば膳所高校では、部活動は班活動と呼ばれていますが(高校野球ファンならご存知ですね)、長野県等でも同様だそうです。
地元の伝統校の応援歌で、競技班と言うのを聞いた事がありまして、明治大正からの名残かと思っていたら、どうも戦前戦中の英語禁止令(部は倶楽部から)の影響だった様です。
余談ついでに、作者の宮島さんの故郷にある静岡県立富士高等学校(出身高では?とも)は、全国大会第1回から10連覇を果たして、全国優勝回数1番の学校でした。
2年生となった成瀬は、個人戦はB級に出る様で、段位は3段と言う事になりますが、流石成瀬でもそこからの昇段は、より一層の厳しさがあった様です。
そんな訳で、成瀬の試合の姿に惹かれた、広島県代表錦木高校(非実在)の西浦が語り部であり、島崎のエアヒロイン化がまた一段と進んでいました。
膳所高校かるた班の話ですから、そもそも出番は無いですね。
西浦の幼馴染で、部の同僚でもある中橋の尽力から、何故か成瀬とのデート?の約束を取付ける事になるのでした。
どちらかと言えば、成瀬のホスピタリティの結果ではありますから、恐らく女子からのアプローチであっても、同じだったのでしょうね。
デートかどうかは兎も角、成瀬が指定したのは琵琶湖の遊覧船である、ミシガンクルーズでありました。
いや、遊覧船ならミシガンですね。
因みに運行を担う琵琶湖汽船は、西武では無くお京阪グループです。
結局のところ、西浦の恋心が実る事は無かったのですが、成瀬も自分の事(やりたい事)が忙しくてとキチンと断った上で、連絡先を貰える位には信頼を勝ち取っていたので、悲観する結果でも無いでしょう。
中橋も、惚れっぽくてチャラくてわかって無いですが、幼馴染思いのいい奴でしたね。

ときめき江州音頭ごうしゅうおんど

[30頁]

この短編集の中で、1番好きなお話ですね。
最初の『西武大津店』も悪くは無いのですが、それがあったからこそと言うのは確かです。
所謂、神様(著者)視点で綴られていて、解像度が高くなって、ある意味答え合わせの様なところもありました。
『階段は走らない』とも、ちゃんと繋がっていましたね。(西武だけでは無く同じ地域でしたし)
成瀬は3年生となり、かるた班も引退(主将だった模様)して、本格的受験勉強に取り組み始めているところでした。
志望校は、1年の時にオープンキャンパスで出向いた東京大学では無く、近所の京都大学に落ち着いた様です。
完全無敵で泰然自若の様に見える成瀬も、実はそんな訳でも無くて、あからさまな動揺をしたり、人間性が顕になって年相応だったのですね。
弱点は人間関係(恋愛含めて)と言うか、実は島崎だったと言うのも、何だか微笑ましいものがありました。
地元愛の強さの中に、島崎も当然の様に含まれていたのでしょうね。
成瀬の場合、人間関係に興味を持って掘り下げていたら、トラブルが頻発していそうでありますから、無意識に遠ざけていた可能性もありそうです。
そもそも1番の難題でありますし、一生掛けても答えが出る事は無さそうですから、それは間違いではありませんし、成瀬なりに経験値でアジャストしていますからね。(端からそうは見えていないとしても)
ぬっきーの塩対応(喧嘩腰)もちょっと気になりましたが、寧ろ感情を隠さない程度には、関係性が深まっていた様にも思えました。
そして、『階段』のおじさん達(吉嶺と稲枝)の関係性は、成瀬と島崎の将来の一つの姿なのかも知れませんし、そうであって欲しいものです。

【雑感】

各作品の頁数がほぼ揃っていて、とても読み易い作品でした。
実名が多く出て来るので、訪れた事もある街ですから、イメージもどんどん膨らむ感じで、とても楽しく面白かったです。
夫々に視点も異なるので、そこも良かったのでは無いかと思います。
成瀬あかりは、元々のポテンシャルが高いのは確かですが、それは土台に過ぎない訳で、1番の能力は記憶力の良さじゃ無いかと睨んでいます。
高校の自己紹介とか、名前を覚えるとかありましたね。
それがある上に、人の意見も素直に聞けて努力も厭わないのですから、更に行動力が加われば無敵状態も頷けます。
相方の島崎みゆきにしても、視野が広くて要領も悪く無いですから、勉強や知識の面で成瀬に遅れをとっても、水準以上の賢さもあるからこそ、その座に居る由縁であると思います。
時期的にコロナ禍でもありまして、随所にそうした描写も綴られていました。
もしかしたら実際の大津の街角に、成瀬と島崎ゼゼカラが居るんじゃないかと、そんな妄想も捗りました。

続編も刊行されていますし、是非読ませて戴きたいと思います。

(了)


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