夜能夜語りの会~祇王~感想
広報の抽選に応募したら無料鑑賞券が当たりました。貴重な機会をありがとうございました。
能についてはほとんど見た経験がなく。国立劇場に何回か行った際に、資料館に入って少しお能の話を見たり、あるいは松本まで就活をしに行った時にちょうど薪能をやっていて、それをちらっと見たり。
そんな程度だったので、きちんと椅子に座ってお堂で行われるお能を見たのは初めての経験でした。
Youtubeには、「初見の感想」という動画がたくさんありますので、私も初見の感想ブログ、とな。
映像は能LIFE ONLINEという面白いダジャレのサイトで見ることができます。他にも色々と初心者向けの映像があります。
今回は朗読がついていたので、全くの予習なしでも物語がよくわかりました。朗読の際の雅楽の演奏者に「音無史哉」さん、つまり「おとなしかな」という方がいらっしゃって。音を奏でるのに音なしってどういう名前なんだろうと興味を持ちました。また、琵琶の演奏に興味が合って。スウィープ奏法っぽいのが合ったりして面白かったです。
物語は女性の話ですが、前の寵愛を受けていた白拍子を蹴落として「私が妻よ!」となるのではなく、前の人に恨まれて手に入れた地位など意味がないと言う。よくある大奥や中国の後宮ドラマのネタで「女って怖え笑い泣き」とまとめるのではないところに、お能の奥深さを感じました。
所作がとても新鮮で、初動はまず、腰を落とす。そして歩く時はドラマで見る花魁道中の花魁のように、足を外から回して前に持ってくるのですね。それから親指が一本線の上を歩いているような。片足を出す時は必ず床を擦る。バレエのタンデュみたいでした。重心が前のめりなのも面白いです。バレエは割と後ろのほうにあるので。手がずっと衣装に隠れていてその分扇子を持っていて、腕の動きで表現するのも新鮮でした。首の角度も関係していそう。バレエと同じく型があるのですね。
シテと地謡が女性でした。以前に義太夫節の話で「女流の場合、女の声は甲高いから男と同じ発声をすると耳障りでうんたらかたら」みたいな読んでるこっちまで出自の否定をされているような気分になるお話を読んだものですから、お能の世界にはこんなに女性がたくさんにいるのかとびっくり。当たり前のことなのかもしれないのですが、自分の中の伝統芸能=男の固定観念があったことにもびっくり。
マイクがない時代にどのように声を遠くまで聴かせるかという方法について、西洋のオペラと比較すると日本の発声方法も面白いです。何がどう、とまでは言えないのですが。
シテとワキの台詞はなんとなく聞こえるとして、地の文は何を言っているのか聞き取れなかったです。これは歌舞伎を見てもそうなのですよね。地謡がわからない。私の母語は日本語なので、スピードラーニングをすれば聞き取れるようになると信じております。
多くの場合仮面は顔を隠す=不特定みたいな意味を持ちますが、能の場合は仮面が主役=特定の者、素顔=何者でも良いという正反対の意味があることがわかりました。
歌舞伎では前に台本を置いて詠むことで、きちんとしたものやってますよという意味になる(=当時は文字の価値が高かったので確実性の証拠となる)と習ったのですが、能では誰も前に台本を置いていなかった。何か違いがあるのでしょうか。
お能は舞台装置などを用いるのではなく、全て演者の演技から想像して見るそうです。観客の想像力も含めて鑑賞なのですね。
オンラインでお能を見ることができ、コロナ禍だからこその経験ができました。