バレエ作品「ドン・キホーテ」比較回想②
さてここからは新国立劇場バレエ団の「ドン・キホーテ」についてである。
改訂振付はアレクセイ・ファジェーチェフであるが、物を知らない筆者にはあまりピンと来ない。やはり元ボリショイ・バレエのダンサーであるそうだ。1960年生まれということで、ワシーリエフよりは後の世代である。
全体的なバージョンのイメージとして、「老爺に周囲が振り回される喜劇」とまとめられるかもしれない。振付の印象としては、「真面目、オーソドックス、お手本」と言ったところである。
作品は3幕構成。1幕でキトリ・バジルとドン・キホーテは初めて会い、2幕の居酒屋でドン・キホーテの義憤により2人の結婚は認められる。その後街を後にしたドン・キホーテはジプシーの人形劇を現実だと勘違いして劇をめちゃくちゃにする。風車から落ちて意識朦朧の中でドゥルシネア姫に会う。ここで公爵に助けられ、屋敷に招かれる。3幕で2人の結婚を見届け、去る、という流れだ。あらすじを読むと、こちらのバージョンではドン・キホーテが公爵にキトリとバジルの恋物語を話し、興味を持った公爵が2人の結婚を屋敷で行うように取り計らったらしい。公爵の家で結婚式を行う筋はこちらのほうがしっかりしているが、観劇時には全然気づいていない。舞台上では一瞬のやりとりでいわゆる「ジェスチャー」なので筆者が見逃したに違いない。1幕ではメルセデスと街の踊り子は別にいる。そして2幕ではメルセデスは嫉妬に燃える情熱を見せる。3幕にはもう登場しない。
まず演技について、より上品さに重きを置いたものとなっている。どの登場人物もあまり饒舌ではない印象である。筆者がリハーサルのTwitter動画を見た時、吉田監督はダンサーに「ちょっと早口な印象」だからもう少しゆっくり、と指導していた。なるほど、バジルは饒舌ではなく純朴、エスパーダは「寡黙に背中で語る男」という印象になるわけである。
振付について、筆者は第2幕居酒屋でのカスタネットの踊りが非常に印象に残った。この居酒屋は場末にあり、あまり騒がしくないところに騒ぎのタネたちが飛び込んで来ることになる。そうした空間ではカスタネットの踊りによって、非常に妖艶な雰囲気が作り上げられ、こうした雰囲気なら男女の恋も実るはず、と思わせる導入になる。オーケストラの演奏にダンサーのカスタネットが調和する、とても緊張感のあるシーンである。あれって下で打楽器奏者が実は叩いていた、とかならないのだろうかとオケピをできるだけ覗いてみた筆者がここにいる。
また、森の女王のバリエーションにも新しい印象を抱いた。筆者は踊ったことがないが、見る限りどのダンサーが踊ってもあまり筆者の好みのバリエーションではなかった。ところが今回の木村さんの踊りを見て印象が全く変わった。大変しっとりとした踊りと優美な演奏で、まるで木の葉からこぼれ落ちる雫のようであった。
筆者のお目当ては井澤さんであったが、筆者は2016年の「ドン・キホーテ」を米沢&井澤ペアで見ているため、4年越しで見るなら絶対このペア!と決めていたのである。果たして、4年ぶりの井澤さんバジルは大変上品に作り込まれており、自粛期間中の映像配信で復習した4年前の演技とは全く異なるキャラクターであった。まるで王子様、というのは辛酸なめ子さんが「マノン」のインタビューで井澤さんに語っていた言葉である。米沢さんは数々の舞踊賞を受賞され、ますます磨きのかかった踊りになっていた。なぜあんなにトウでバランスを取ることができるのか、という筋肉の不思議から、余裕のあるグラン・フェッテなど、全てのお手本となるような完璧なバレエテクニックを見ることができた。
しかしドン・キホーテはタイトルロールなのにソロがどこにもない。誰か、ドン・キホーテが踊るバージョンを作ってほしい。せめて結婚式で祝いの踊りをしてほしい。
バレエの衣装には堅いお約束があり、色はほぼどのバージョンでも同じである。3幕で貴族たちが青系統の服を着ているが、高校生の時の英語の授業で読んだ、地中海の紫貝の話を思い出した。恐らくその地方で取れる特産の色であり、地中海地方の代表色なのだろうと思う。
また、自粛期間中に音楽鑑賞に目覚めたことから、バレエ作品を演奏楽団、指揮者の解釈という視点からも楽しむことができた。東京バレエ団「ドン・キホーテ」上演時の演奏、シアター・オーケストラ・トーキョーの井田指揮者とは美的感覚が全く合わないため何も書かないが、東京フィルハーモニー交響楽団は大変高名であり毎回新国立劇場で演奏を聴いていたとはつゆ知らず、自分の無知ぶりに愕然とすると同時に世界レベルのバレエとオーケストラを両方聴くことができるありがたみも実感している。と、期待をかけすぎるとたまにん?んん??ということがあるが。今回の冨田指揮者については、最近よくYoutubeでバレエ音楽解説動画を見ているため指揮者に対して馴染みがあった。その上で、曲中の楽器編成を少し変えたり、ダイナミクスやテンポに通常のものとは少し異なる部分があったりして、より踊りやキャラクターが生き生きとする解釈を感じ取り、いつもYoutubeで見ているように大変バレエ音楽への造詣が深いのだろう、と思った。やはり感覚の合う合わないはあるが、今後の冨田指揮者の公演が楽しみになった。