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あしたの転機予報は? #4-誕生日の吐露。願い-
前に進みたい。納得できる作品を書き上げて送り出したい。そして流れ星への想いを成仏させたい。
ここ最近の週末は家事もそこそこにずっとパソコンに向かっている。夢中になって書いている。昨日、ユリカとキサキと会ったのはいい気分転換だった。小説の締め切りのことを考えると、人と会っているのはタイムロスなような気がしていたのだが、ふたりに会ったおかげで煮詰まっていたのが、解消されて、ペンの進みも速い。点滅するカーソルからは次々と言葉が紡がれていく。決して遅くはないタイピングでも、ほとばしる言葉からはペースが追いつかないのか、打ち間違いをさっきからしてばかりだ。
「よし、書ききった、あとは磨くだけ」
物語自体を書き切り、あとは締め切りのぎりぎりまで推敲するつもりだ。書き上げた物語を読み直しながら、少々私情が入りすぎているなと思った。でも仕方がないか、それが一番書きたいことなのだから。
痛みの分だけリターンを求めている。痛いだけじゃ嫌なのだ。流れ星の結婚はずっとひりひりと痛い。その現実が嘘ではないということを思い知らされるたびに痛い。
あのときのあの言葉は何? あの態度は? あの行動は? あれはどういう意味だったの?
あふれ出る疑問はもう、何の意味もなさない。ただ、私は選ばれなかったという現実を受け入れるしかなかった。
前、なんだったかな、真珠の作り方をきいたことがある。貝の中に異物をいれて、貝から出る分泌液があの綺麗な真珠になると。ざっくりとした記憶だから、いい加減かもしれない。宝石を作るのにむごいことをするという感想をもった。
私が小説を書いていることについて、想いを馳せていると、その真珠のつくり方の話を思い出した。流れ星の結婚の知らせはむごい出来事だった。受け入れたくはない異物だ。それを受け入れ、時間をかけて何か光るものを生成できるのだろうか、私は。それが小説を書くということなのだろうかと。毒を受け入れ美しさを生み出す。それが苦し紛れの精一杯の抵抗だ。
締め切りまでの残り一週間、光れ光れと推敲し続けた。
小説の応募を終え、数ヶ月にわたる準備とプレッシャーがある仕事も先日終え、脱力していたところ、同僚の三戸さんに声を掛けられた。
「紺野さん、飲みにいきますって話、近々いきましょう。お疲れ会しましょう。いつがいいですかね?」
デスクのカレンダーを見た。
「あ、あした誕生日」そう呟いた。
「え、そうなんですか!? 明日行きます? あ、もしや何か予定あります?」
平日だし、わざわざ祝ってくれる人もいないし、予定なんてもちろんない。
「あしたですね。おめでたいおめでたい。なんかいいお店さがしときますね」
三戸さんが選んでくれたお店は、お堀があって、そこに突き出すようにテラス席があるお店だった。テラス席と堀との間の柵にはムード満点の青白いライトが直線的に伸びていた。どこかに導かれるようだった。
満月の夜だった。秋も深まってきて、少し肌寒かったが、ブランケットを掛けながら、テラス席についた。
晴れ渡った夜空ではなく、もくもくと雲があり、時折満月を隠したが、雲が流れていくと、また月は現れ、その絶妙さがどこか神秘的だった。隠れたり現れたりする満月に照らされる光に反応するのだろうか、堀の中の魚が時折跳ね上がって、パシャパシャと水音を立てた。
乾杯ということで、ムードにあうように、シャンパンで乾杯をした。普段のジョッキではなく、華奢なグラスを手に持つことで、自分が女であることを妙に意識した。
「なんか、雰囲気のいいお店ですね。たまにみんなでご飯いくときとか思ってましたけど、三戸さんなんかお店選びのセンスがいいですね」
「はい、わたし、お店探したり選んだりするの好きなんですよ」
「じゃあ、三戸さんをデートに誘う男の人大変だ。ハードルがあがりそうで」
「いえいえ、そんなことないですよ。逆にみんないいお店を教えてくれるんですよ」
「ああ、そっか、三戸さん、わりと年上の人好きやもんね」
たまに聞く三戸さんのプライベートの様子は、同年代の一般的な男性ではついていけないだろうなと思うことがある。
「なので、また何かいいお店あったら紹介します。何かの機会にぜひ使ってください」
「いや、うーん、そんな機会もしばらくはないやろうね」
「そんなことないです。これからです」
料理が運ばれてきた。水辺のそばで食べる魚介類はなんだか美味しい。エビ、アサリ、ムール貝、白身魚がスープに贅沢に入っている。
お堀の魚が時折パシャと水音を響かせる。
「27歳の抱負とかあるんですか?」
「抱負ねえ。なんだろ、26歳のラストスパート激動すぎてね、まだそこまで追いついてなというか」
「仕事ずっと大変そうでしたよね。なんかいろいろと押し付けられてて」
「まあ、仕事は立場上、仕方のない部分があるし、それだけやったらどうってことないけど、いろいろ重なりすぎたわ。前話してたけど、小説の締切でしょ? 今週末、資格の試験でしょ? 好きな人の結婚、そのショックで飲みつぶれ、財布なくし。ネタがね多すぎるでしょ?」
「紺野さん、がんばりすぎです」
「そう、ついに決壊したわけですよ」
空きそうな、グラスを見て、店員がやってきた。ふたりとも次をたのむ。魚が跳ねている。パシャン
赤身肉に、添えられた野菜の葉の緑、ペーストされた芋の白。
「なんでも詰め込んだらいいと思ってたけど、ちゃうかったわ。うん疲れた」
「そうですね。少しは手を抜いてもバチあたらないですよ」
ゆったりとした時間の流れ、皿がつぎつぎ交換されていき、グラスにも注がれていく。お腹が満たされ、ふわふわと気分がほぐれていく。
三戸さんの優しさが染みた。好きだった人との話をぽつりぽつりとして、三戸さんはうんうんと聞いていた。
「女として自信喪失した。いや、大してなかったんやけどさ。なんか仕事がんばってても、その自信喪失は結構つらい」
「転機なんですよ。辛いことが重なるのも。紺野さんはいい人なんです。それを上回るいいことがこれからありますよ。絶対」
ライトの明かりがあったけど、月明りもあったけど、夜の闇はそこそこ深いから、私は涙を流した。一連のごたごたの中で、これまで思えば、涙を流していなかった。忘れていたものが思い出したかのように出てきた。
三戸さんは気付いていないように振る舞っていた。
魚は相変わらず、パシャと水音を立てる。満月が薄い雲に覆われて、もやもやはっきりしない光を投げかける。
デザートが運ばれてきた。クリームブリュレの茶色、添えられたミントの緑。スプーンで割る。トロッと甘く、パリッと焦げたところが少し苦い。
「思うんは、あやふやででも気になって仕方がないっていう不安定な関係はもういらんくて、しっかり信頼関係結べる人と出会いたい。パートナー求めてる。安心感」
三戸さんはスプーンを口に運びながら、こともなげに言った。
「水上さん」
「はい?」
「お似合い」
「いやいや、身近な人あてこんでるだけじゃないですか」
「いえいえ、わりと真剣にいいと思ってますよ」
「いやいや、あんな軟派な人、私の手に負えませんよ」
「軟派な人こそ、結婚したら身持ち固くなりますよ。私そういうひとたくさん見てます。紺野さんも別にまんざらでもないでしょう?」
そう言って、三戸さんは声色を変えて、「紺野」と私を呼び捨てにして、頭をポンポンした。嶋ちゃんも言っていたが、私はその記憶が全くない。おぶわれていたといこともいまだ信じられないのだ。状況証拠として認めざるをえないが。
「水上さんのこと信頼はしてないんですか?」
「いや、仕事上ではすごく頼りにしてますよ。もちろん。ていうか、逆にあかんでしょ? 私のあの醜態は」
再び思い出して、頭を抱える。恥ずかしすぎる。
「だからこそ、いいんですよ。もう取り繕う必要はないじゃないですか。それに仕事のポジションもふたりともいい感じじゃないですか。課長とチームリーダーで。出身もふたりとも関西だし」
少し想像してみた。社内の人間関係のあれやこれやと、噂がまわってしまったらとか。
「いやいや、まずいでしょ」
「えー、わりと真剣に応援しますけどね」
デザートを食べ終わり、最後はコーヒーで締めた。
魚はもう疲れたのか、パシャパシャと跳ねることをやめ、あたりは沈黙していた。月のまわりの雲は消えていた。
「紙に思いを書きだすのも大事です。小説をつくるのも紺野さんにとって大事なのはわかります。でもね、紙に思いのたけを書きなぐるのではなく、言いたい本音をね、その人に打ち明けてしまえばいいんですよ。内に籠っちゃだめです。外に吐き出さないと」
寒空の下の食事。しかしポカポカしていた。
お腹ははちきれそうなくらいだったがで、アルコールも体にいい感じにまわっていて、幸せを感じていた。
落ち込んでいるときは、冗談でもなんでも、言って気をまぎらわせてくれる周囲の人間に恵まれているありがたさを噛みしめた。
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