
僕らいま 夜明け真っ直中
プロ野球ファンとして、決めていることがひとつある。
それは、たまらないくらいに心が震えるワンプレーを目にしたら、その瞬間を忘れぬように記念としてレプリカユニを買う、ということ。
心に刻みつけたくなる場面、その真ん中にいた選手のユニフォーム。
森敬斗のユニフォームを買ったのは、2020年10月27日のこと。
ちょうどこの年にビジターユニフォームのデザインが一新されたばかりだったので、背中に大きく「MORI 6」と書かれたそれを手に取ってBAY STOREのレジに並んだ。深い青ベースに放射状に広がる独特な白いストライプ。
映像を見返さなくてもすぐに思い出せる。
だってさっき見たばかりだもの。
ルーキー・森敬斗のプロ初ヒットを。
ピッチャー石田の打席で代打として森敬斗の名前が呼ばれて、大きく盛り上がったスタジアム。ポストシーズンの戦いに加われなかった10月の試合、楽しみのひとつはこうしたルーキーの顔見せ打席とか、そういう類のものになってくる。
身長は177cm、あまり大きい方ではない。
それでも、外国人リリーバーのビエイラが投げ込んだ154km/hのストレートを力負けせず弾き返してみせた。それもゾーン高めの球。
打球はレフト方向にぐんぐん伸びて、リボンビジョンの上の方に直撃。
足が速いのは知っていたけれど、それでも、あれもう二塁にいる!?と驚かされるくらいのスピードでベースの上に立っていた。
ふと見ると、近くにもう一人居る背番号6から声を掛けられている。
巨人のショート・坂本勇人。
『初ヒットおめでとう』という感じで声をかけてもらった、らしい。
初々しく、うれしそうにはにかんでいる様子がビジョンに抜かれた。
物怖じせずにバットを出せるハートの強さと、積んでいるエンジンの大きさを感じるスピード感溢れる走塁。
そうして森敬斗のプロ野球人生にグリーンライトが灯った日に、彼のビジターユニフォームを買った。
◇ ◇ ◇
わかりやすく、三歩進んで二歩下がる、という日々。
応援歌ができて、肉離れ・捻挫・骨折と度重なる怪我を経験し、この春は二軍の奄美キャンプスタート。開幕スタメンはルーキーの石上に譲る形に。
プロ5年目の今年は、固定起用されてきたショートの他にセカンド・サードにつく日もあった。ルーキーイヤーから、彼を取り巻く選手層もずいぶん変わった。
新人達にとってプロ入り後最初の疲れが滲んできたり、課題がわかってくるであろう頃。彼らと入れ替わるように森敬斗は一軍昇格を果たす。
交流戦、エスコンフィールドで行われた日ハムとの対戦カード。
延長戦までもつれた第一戦では殊勲打を放ち、その日のヒーローになった。


なかなか打撃が上向かない中、スタメンで出ても勝負どころで代打を出されてしまうことも多かった。でも、この日はそのまま。
高めに浮いてきたカットボールを、力まずコンタクト重視でセンター前へ。
少し荒っぽさはあれど強い球に負けないスイング、そこからまた一つ成長し、今日見せたのは球を長く見て軽く捉えるバッティング。
このチームで他の人より多く名前を呼ばれるためには、打つしかない。限られた起用機会の中で、森敬斗はひとつ結果を出した。
今年、これからもっと起用が増えるんじゃないか。
青く染まる三塁側をうれしそうに見上げる姿を見て、そんなことを思った。
◇ ◇ ◇
明確な時期ははっきりと言えないけれど、ふたつ、変わったことがあった。
ひとつは、使うバットが変わった。
それまでは白一色のアシックス製のものだったけれど、おそらく7月後半頃にはミズノ製で黒と焦げ茶色のツートンカラーのバットに変わっていた。
グリップエンドをよく見ると「SH 3」の刻印。福岡ソフトバンクホークスの近藤健介モデル。そういえば自主トレに参加して打撃の弟子入りをしていた。
シーズンを過ごす中で何か感覚が掴めてきたんだろうか。

不思議と面差しまで変わって見える。
◇ ◇ ◇
三歩進んで二歩下がる。
8月2日に登録抹消。
それでも、良いところは変わらなかった。変えてなかった。
彼が内野手としてグラウンドに立つ日には、絶対に投手をひとりにしない。
これはプロ入りする前から、そしてその後もずっとそう。
相手がプロ3年目だろうと、10年目だろうと、その対応そのものを変えない。

「ナイスボール!」「いいよいいよ〜」
彼が駆け寄らないときは大きな声で定位置から投手を励ましているのが分かる。
鳴り物応援のないファームだからこそ聴こえてくる声もある。
ファームの試合、暑い盛りにデーゲームが続くことは日常茶飯事。
どうしたって集中し続けることすら難しくなるであろう環境でも、森敬斗は一度たりともそうした姿勢を変えるような素振りすら見せなかった。
9月7日、林琢真の怪我に伴い入れ替わるように一軍昇格。
掴めるものはなんでも掴む、ただやるだけ。
◇ ◇ ◇
9月中ば以降、ぐっとスタメン機会が増えた。
そしてレギュラーシーズンを終え、今年の横浜DeNAベイスターズの順位が確定。
10月に入ってもショートスタメンとして森の名前が呼ばれる。
なんだか何かに備えているような気がする。
たぶん、CS出場が決まっても引き続き起用されそうだ。
私の予感は当たることになる。阪神タイガースの本拠地、甲子園球場から始まるCSファーストステージでも森敬斗のスタメン起用は続いた。

ルーキーイヤーに見た時から変わらない、物怖じせずにバットを出せるハートの強さはそのままに。取り組んできたコンタクトに寄せたバッティングも、鍛えてきたおかげで体が負けなくなったフルスイングも、どちらもうまく両立させられている。
そして迎えた、CSファイナルステージ・第6戦。2点ビハインドの展開。
5回表、先頭の梶原が出塁した後に続くバッターとして打席に立つ。
最初の打席は変化球主体で攻められて、自分から仕掛けることがままならなかった。
初回の送球ミスとさっきの打席で「二歩下がった」なら「三歩進める」でしょう。
そうやって歩んできたんだから。
真っ直ぐ一本。
ファーストストライクを迷いなく振る。
打球は伸びて伸びて、右中間を破る。
一塁から大きなストライドで、梶原が帰ってくる。
中継カメラが追わずとも、熱を帯び過ぎた日テレのアナウンサーが何を話しているのか聞き取れずとも、森敬斗が二塁を蹴ってまるで疾走するバイクのように体を傾ける姿が想像できる。そんな姿を何度も見てきたから。
タイムリースリーベース。これで一点差。
これで一歩、まだあと二歩進める。
◇ ◇ ◇
9回表。リリーフとして登板した菅野の2イニング目。
先頭バッターとして、臆することなく立ち向かった。
さっきと同じく、ファーストストライクを迷いなく振る。
ピンチバンターの柴田が塁を進めて、二塁へ。
その後だ。
続く桑原がサードゴロで凡退、これでは進塁ならずと誰もが思っただろう。
でも、私は森敬斗がストップを掛けて二塁へ戻り掛けた時、体重をぎりぎりまで戻し切らなかったのを見逃さなかった。あ、これは行くぞ、と。
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— DAZN Japan (@DAZN_JPN) October 21, 2024
勝ち越しを呼び込んだ好走塁
\#森敬斗 内野ゴロの間に3塁へ
⚾プロ野球(2024/10/21)
🆚巨人×DeNA
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決してミスは許されない場面。
ベースから遠過ぎず近過ぎず、という所で思い切りよくスタートを切って三塁ベースを陥れる。
彼の足があれば、二塁からでもワンヒットでホームインできることはできる。
でも、仮にそこで巨人サイドが前進守備を取っていたら?
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— DAZN Japan (@DAZN_JPN) October 21, 2024
キャプテンの執念
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均衡を破ったのは #牧秀悟
値千金のタイムリー!
⚾プロ野球(2024/10/21)
🆚巨人×DeNA
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この当たりがタイムリーヒットにはなっていなかっただろう。
◇ ◇ ◇
苦しい時は大きく変われる時
そんな言葉を、横浜スタジアムのスタジアムDJ、山田みきとしさんが言っていた。
夜明け前がいちばん暗い
それはどこで聞いたか忘れてしまったのだけれど。

これが夜明けの真っ直中、なんだと思う。