勝利の輝きを目指した先に
夢のかたちを知りたくて
♪光のような足と 突き刺すようなスロー……
明るいメロディが繰り返される、柳田悠岐の応援歌が響く。
何度も何度も見たから分かる。
柳田の上体が折れるように倒れ込む。
アウトコースへのフォーク。
森原が投じたその一球はバットに当たることなく、その下を抜けていく。
空振り三振。
360度からの大歓声が渦を巻いて、らせんを描いて横浜の夜空に舞い上がる。
リボンビジョンを駆け巡る、NIPPON CHAMPIONの文字。
2024年11月3日、日本シリーズ第6戦。
そのスタンドの一角で立ち尽くしていた私は、受け止めきれない感情を抱えていた。
熱き星たちよを歌いバンザイする自分を見つめる、もう一人の自分が空中でふわふわと漂っているような。
あの日確かに掴んだ夢は、どんな形をしていたんだろう。
彼らの言葉を辿って
ドキュメンタリー映画「勝ち切る覚悟 〜日本一までの79日〜」が公開されたのはその1ヶ月と少し後、12月25日のこと。
最後にベイスターズのドキュメンタリー映画を見たのは、リーグ最下位でシーズンを終えた3年前。この映画の劇場公開が終了したのが2021年12月22日だったので、少し不思議な気持ちになる。最下位シーズンを振り返ったその3年と3日後、日本シリーズを制したベイスターズのドキュメンタリー映画が公開されますよ。
チケットを予約して驚いた。
公開初日、平日ど真ん中仕事終わりの時間帯でほぼ満席。舞台挨拶などは無いにも関わらず、ユニフォームを身にまとった人、ベイスターズのキャップを被っている人、選手名タオルを膝に掛けている人があちこちに居る。
12月だということを忘れそうになる、劇場内の熱気。
「字幕があってありがたいな……」
映画が始まってすぐにそう感じた。
目の前で試合や選手の映像が流れていると、ついついそこに意識が向いてしまいがち。
しかし野球を観ていて感じた思いを文章に落とし込むことを常日頃からやっている人間ゆえ、選手から発された言葉は極力間違うことなく記録したい。きちんと文字に起こしていただけると、それだけでもとても有難い。
印象的だった言葉から、求める答えの輪郭を描き起こしてみる。
「来年も強いチームで居るために」
「これからの人が多いので、何か感じ取ってくれたのかな」
前者の言葉は、自分の全てを横浜に捧ぐ、そう静かに戸柱恭孝が語っていたシーンで。後者の言葉は、日本シリーズで2連敗したのちに行われた選手ミーティング、その最後に宮﨑敏郎が発言した場面で発されたもの。
言葉だけ見るとそれは、シーズンを終えた後に受けたインタビューで見られるようなものにも見える。でも、どちらもポストシーズン中に二人が発したものだ。
戸柱は今年で34歳、宮﨑はさらにその上の36歳。ベテランと呼ばれても差し支えない年代の二人は、戦いの最中に身を置きながらチームの未来を既に案じていた。
日本一になることがゴールじゃない。
戦いながら何か一つでも糧にする。
そして勝ち続けられる、強いチームになること。
この二人は、無念を抱えながら去っていった先輩たちをたくさん見送ってきた。
逆さに数えれば分かる。現役生活には、限りがある。だからこそ、チームの真ん中に居ながらもベイスターズの未来が少しでも明るくなるように、という願いにも似た言葉が自然と出たように思えた。
「カッコイイな」
「いやいや、戻らないと」
9月15日のマツダスタジアムで行われた試合で死球を受け負傷し、やむなく戦線離脱した山本祐大。テレビの中で戦い続けるチームメイト達を見つめながら、こんなことを思っていたと言う。
規定打席にギリギリ届かなかったとはいえ、数多くの試合で扇の要としてチームを支えてきた祐大。それ相応のプライドもあっただろう。そして順当に行けば今も目の前で繰り広げられる試合でマスクを被っていたと感じていたはず。
「カッコいい」と同志たちの戦う姿に心動かされながら、その場所に「戻らないと」と思う気持ち。
選手はたった一度でも舞台に立てば、一軍は目指す場所ではなく戻る場所になる。
当たり前ではあるのだけれど、ごくごく自然に目標のステップがひとつ上がっていることに気付いていただけただろうか。
選手一人一人がその自覚を持てた時、それが本当の意味でベイスターズが強いチームになれるんじゃないか。引き締まった祐大の横顔が、より一層頼もしく見えた。
「キャプテンがキャプテンを楽しんでいるようでは駄目」
「負けるの、嫌いなんで」
今年から主将となった、牧秀悟が発したその一言。
ルーキー時代からあっという間に打線の主軸を張り、サイクルヒットを達成、あらゆる新人記録を塗り替えてきた。それに続くようにオールスター選出、侍ジャパン選出、そして満を持してのキャプテン就任。プロ4年目、抜擢というより私の周囲は誰もがその報せに頷いていた。
明るく、気取らず、どんどん前に出る積極性も持ち合わせた、いままでに居なかった存在。
CSファイナルのとある試合で無安打に終わり「ノーヒットバッターに何を聞くんすか」とカメラに向かって自虐を混じえながら話していた中で感じたのは、昨年には無かった自分に求める目標の高さ。キャプテンらしさを手探りしながらも打者としての成績も求められていると、誰よりも牧自身が自覚している。
でなければ、こんな言葉は出てこない。
根底にある思いは、牧を案じる先輩にも伝わっている。
前キャプテンの佐野恵太は、誰よりもその重圧を知っている。そんなに背負う必要はない、と映画の中でもシーズン前のインタビューでも口にしていた。
2年前の開幕戦、ベイスターズはカープに3連敗を喫した。その後のロッカールームで、牧はずっと泣いていたという。そしてその傍らには、佐野が寄り添っていた。
勝ちに貪欲なその姿。
ロッカールームの声出しで発した
「負けるの、嫌いなんで」
というシンプルな言葉は、どの球団よりも負けを重ねてきたがゆえに自己保身に走りがちなファンの心に刺さる。
試合の勝ち負け、それ以上にベイスターズが勝利に向かうその姿が見たいんだと気付かされた。
生まれくる時代の足音
映画はクライマックスに差し掛かる。
ラストバッターの柳田悠岐を迎えて、差し込まれる幾多のカット。
目に焼き付いたのは、旧ホームユニを身にまとった背番号81番の姿。間違いなく三浦大輔その人の背中で、それはおそらく就任初年度、うまり最下位で終えたシーズンのもの。
あれから、目まぐるしい速さでベイスターズの姿が変わっていった。
このチームで優勝したかった、と言い残し去っていった仲間たち。
眩し過ぎるくらい煌めきながらやってきた新星たち。
悔しさを抱え、新たな決意とともに横浜ブルーのユニフォームに袖を通した新戦力の移籍組。
水はひとところに留まれば澱んでしまうから、ベイスターズは恐れず進み続けた。
ただ一心に、倒れてもなお反撃し何度でも頂戦し続けた先に遂げたひとつの進化。
彼らが発した言葉の端々に、それが滲んでいた。
あの日掴んだ夢のかたちは、2024年の横浜DeNAベイスターズが勝ちに向かって生きた証そのものでした。
映画を見終えた後、私の前を親子連れが歩いている。
お父さんとおぼしき男性の左隣、広い歩幅に置いていかれぬようにとちょこちょこ足早についていく男の子が楽しそうにこう言った。
「映画見たら、ハマスタ行きたくなった!」
この夢の続きは、横浜スタジアムで。