第10回詩歌トライアスロン三詩型融合作品「風をみだして」
第10回詩歌トライアスロン融合部門で最終候補となった作品を公開いたします。俳句・短歌・詩の三詩型です。
風をみだして/石村まい
月冷た俯けばみな獲物なり
抱卵はしろびかりして両の手にこれは正夢になるはずの池
あらゆる種子の奥からひきずりだしたむらさきと、
きまぐれに第四関節をくぐらせた渓流の青を
盗むのはたやすいことだけれど
戻すことはどうしてもできなかった
よわい風がまぜた色彩の結晶
静寂をうばいにゆけば握力は花の終わりのかなしさだった
いきものの湯気はおだやか止まり木にいくつか飢えたような嘴
つやめいたものから玩具に変えてゆくおまえの指はおまえの顔で
葉脈のをはりに落とす龍の玉
裸木の胴のあたりを風湿る
欠くるときたまごうつくし冬の雷
にぎりあわせた鉤爪の、尖ったしろがねのなかに
脈打つ皮膚とつめたい瞳、ほそい光の膜がうるんでいて、
わたしはそれをころさなかった
わたしはそれに傷をつけなかった
わたしはすこしだけ啼いてねむった
月光にゆすがれながら瞳孔を置けば荒野はゆるぎない匣
北へひろがる氷の床を前脚でつつく
しゃら り り と さびしそうに中身をさらけだす
まっくらな碧の喉の奥をつらぬいて、
飲み下すときにちいさな稲妻の痕がつく
渇いていたのか 渇いていたのか
ゆきずりのいのちのことをおもうなら針ふる夜のその先端へ
氷柱もう遠景が近景のなか
まっしろな空が暮れてゆき
ばらばらに伸ばされた朱色の雲、
ときおり空気を裂いてゆく直線の風、
いくつもの獣が星座の上にめざめはじめて
交じり合わない咆哮を栞にして夜を閉じる
しゃら り 羽とふ羽へざらめ雪
朝焼けのとなりの薄い月をしるべにして
紺青の鎧のいのちは呼吸した
ときどきそれをながめて啼いてみると
射抜かれつづけるわたしの眼はふるえて
睫毛にうすく花びらが降りてくる
かれらは黒い土に接するとすぐに溶けてゆき
振り返るたび、わたしのながい尾はぬれていた
ひと晩の吐息を溜めて渓谷ははるか氷の奥へあかるむ
霧の丘にうまれたことを刻むのはどの声に、どの爪をにぎって
やがてわたしはわたしではないいのちを抱く
たまごの殻を拾い集めて、ふかい洞穴にしまっておく
触れた鼻先の鉄のようなかたさを
まばたきに起こすひとすじの雨を
地平線めいた眼底にゆらめく炎を
わたしに植えつけて、そして去る
渇いていた 渇いていたね おまえはもうぎんの池には帰らない龍
ひるがえす翼の裏のやわらかく孕めなかった季節の跡地
それぞれの背を包みこむ冬銀河 東へ西へ風をみだして