【読書感想文】【高校野球】『甲子園の負け方、教えます』~通算0勝7敗、プロの敗者
【1.構成】
2017年5月19日、報知新聞社より初版。本の構成は1章から7章まであり、1章から6章までは、それぞれ高校野球を通じてのエピソードを交えながら、甲子園での負け方を具体的に教えてくれている。第7章のみ、監督を退いた後の教諭としての澤田氏が描かれている。コラムは各章の間に計6つあり、他校の監督とのやりとりが多い。
【2.概要】
甲子園通算0勝7敗。これは、現盛岡大附属高校の教頭である澤田真一氏が、同校の監督時代に打ち立てた記録である。他に初出場から7連敗した学校は海星(長崎)、岩国(山口)があるが、1人で7連敗をしたのは澤田氏くらいである。東北を代表する野球強豪校の、鳴かず飛ばずの暗黒時代が描かれている。今の強い『モリフ』が出来る礎を築いた、自称野球バカ、澤田氏の監督物語である。
【3.書評】おすすめ度★★★☆☆
非常にポップな語り調で、野球の経験がなくても読みやすいものになっている。野球の知識がある程度あって、本を読むことが習慣化している者ならば、2〜3時間くらいでスイスイと読み終えてしまうだろう。読んでいくうちになんとなくではあるが、語り手である澤田氏が、読者を盛り上げてくれるような、そんな口調で非常に馴染みやすい。
ただ、ネガティブな意見を言うと、正直にいって、「舞い上がる」「よそゆきをきる」など、いささか結論が月並みになってしまっており、この本は野球人にとって、必読書とまでは断定してオススメする自信はない。大衆に読まれることを前提としている為か、それほど専門性も感じなかった。あくまで楽しむためのものと捉えるほうがよいだろう。
もう一つ。どストレートに言うと、あとがきで澤田氏本人も述べているように、本当に取り止めがなかった。時系列もややばらつきがあり、話があっちこっちに飛んでしまっている印象だ。そういう意味では読みにくかった。伝えたいことがありすぎたのだろう。このような実体験のエッセイで、特に高校スポーツのような感情が大きく移入するようなものは、表現などで差別化を図るのは難しく、上手く着地させることも難しいのかもしれない。
これはどの分野に関しても言えることだし、あくまで読者の問題ではあるが、この本だけには限らず、その分野に関しての最低限の知識(ここでは野球のルールなど)は要る。前述したように、野球を全然知らない者でも楽しめるが、読むのであれば、最低限の野球のルールや岩手県の野球の歴史や背景を知っておくと、より面白く読めるだろう。
【4.感想】
自称、かなりの楽天家である澤田氏は、読んでいる身としても『おいおい、、、大丈夫か、、、』『あー、やっぱりな、、、』みたいな場面が多々出てくる。『これくらいでいけるやろ』の軽い感じが、案の定、悪い結果を招いてしまう。しかも全国の舞台で。その度に反省はするのだが、今度はまた違う失敗をしてしまう。多くの苦難、過ちと向き合いながら、成長していくという話は、少年漫画にありがちな主人公を想起させる。
そこまで言っていいのか?みたいな、内部しか知らないであろうやり取り(特に元光星学院・現明秀日立監督金沢成奉氏とのやりとり)も非常に面白かった。選手以外での登場人物は、皆錚々たる面子(元駒大苫小牧監督・香田誉士史氏、元仙台育英・現学法石川監督・佐々木順一朗氏など)で、主にコラムで登場する。その中で、少しネタバレ要素もあるが、澤田氏の人柄がわかるエピソードを本書より一つだけ紹介したい。コラムの中に、全国制覇2度を誇る駒大苫小牧の元監督、香田誉士史氏との会話だ。香田氏を自宅の食事に招いた澤田氏は、以下の言葉を香田氏に向けて発した。
「香田、君よりも僕のほうが指導者として上だからね。なぜなら、君は3連敗しかできなかったけど、私は7回も継続したんだから」(P46)
当然、冗談ではあるが、この香田監督に向けて発した言葉に、澤田氏の人柄が集約されているように思う。
人は時として、勝者よりも敗者に惹かれてしまうことがあるような気が、私はする。宮本武蔵よりも佐々木小次郎。湘北よりも山王工業。完璧なものが美しいのではなく、人間臭い不完全なものが美しいと感じるような、そんな気がする。努力は必死でした。できる限りのやれることはした。だけど、大舞台で赤絨毯とはいかなかった。歩いたのは連敗街道だった。でも批判を多々浴びながら、最後まで挑戦し続けた。それでも香田監督のように光は浴びることが最後まで出来なかった。一度も甲子園で勝てずに監督を退いた。その後、モリフは皮肉にも躍進した(これは野球マニア向けに後述)。熱心な高校野球ファンや岩手県民ならば、『監督が代わってから強くなった』と思う人も未だにいるだろう。それでも私が声を大にして言いたいのは、『いまのモリフがあるのは澤田監督があったからいまのモリフがある』ということ。辞めたから強くなったのではなく、黎明期時代に礎を丹念に築いたからである。それはこの本を読めばわかるはずである。
楽天家、野球バカ、トホホな成績。そんな『プロの敗者』の澤田氏は、私にとって最も魅力的な監督の一人であり、これからの活躍を願ってやまない。現在は(この本が出版された時点では)教頭であって、生徒指導部長。最後の章では監督としてだけではなく、一社会科教諭として、生徒と向き合う姿も描写されている。まだ20代の私が物申すのも大変恐縮ではあるが、彼にしか伝えられないことはまだまだあるはずだ。
以下、野球好き向け
【5.掲示板での盛岡大○○(~2010年代前半)】
2ch(現5ch)の掲示板では、2010年代前半まではめちゃめちゃに叩かれていた。2013年春に、ようやく甲子園初勝利(対安田学園)をあげるまでには、校名をもじって『盛岡大負続』との汚名が付いていた。2000年代後半より、同じ岩手の花巻東高校が結果を出し始めていたのもモリフ叩きに拍車をかけていた。
特に印象的だったのは、2012年の夏の甲子園の岩手大会決勝での出来事である。いまや日本で知らない者はいないであろう、花巻東の大谷翔平(現エンゼルス)投手を攻略し、夏の甲子園に出場を決めた。160㌔を投げる怪物を見たかった、高校野球ファンを敵に回してしまい、『KY校(空気を読めない高校)』と掲示板では叩かれた。
甲子園でのモリフの初戦の相手は島根代表の立正大淞南。下馬評ではモリフ優位であったような記憶がある。しかし、「勝てるだろう」と思われていた初戦を、延長12回の末4-5で落としてしまった。このことも「大谷がでていれば、、、」「結局盛負かよ」「呪いだな」みたいな雰囲気を強めてしまった。
決定打を打ってしまったのが、その夏の甲子園の決勝戦後の閉会式で、当時、高校野球連盟の6代目会長であった奥島孝康氏が「大谷君を見たかった」発言である。まるで全野球ファンの総意であるかのようなことを、公の場で発してしまったのである。この発言には苦情が寄せられ、後に大会関係者は陳謝したとのことではあるが、モリフ関係者からしてみれば、たまったものではない。このいわゆる「大谷失言」に関しては澤田氏も本で述べている通り、モリフ関係者を無視した発言であり、とても残念な出来事である。ネットでもさらにひと騒ぎとなった。
【6.モリフの躍進(2010年代半ば~)】
モリフの名が一気に名を知らしめたのが、2014年夏。優勝候補の本命とも下馬評が高かった東海大相模(神奈川)に4-3の接戦の末に勝利した時だ。この時、モリフには後にドラフト1位でソフトバンクに入団をする150㌔右腕松本裕樹がいた。3番の外野手・菜花大樹も注目選手であり、戦力的には充実していた。対する東海大相模は『140㌔カルテット』として当時松本と同じかそれ以上に注目を浴びた。青島凌也、小笠原慎之介(現中日)、吉田凌(現オリックス)らを擁し、打線もムラがなく優勝候補の本命であった。いくら松本が凄いとはいえ、さすがに相模が勝つだろうの意見が当時としては多かった気がする。しかし結果は前述の通り。この試合の結果が、とうとうモリフの覚醒を予感させたが、迎えた3回戦の敦賀気比(福井)戦では、主戦の松本が肘の故障で明らかに本調子でなく、1-16の大敗で甲子園を去った。
私個人のモリフの試合No.1は、2016年夏の創志学園(岡山)戦である。現巨人の高田萌生投手はMAX154㌔を誇る右腕で、大会No.1との呼び声が高く、「松坂の再来」「岡山の奇跡」とまで云われた。試合は3回終了時点で4-0で創志リード。私もTVで観ていたが、「このまま創志が守り切って勝ちやろ」と思っていた。しかし4回裏からが圧巻だった。4点ビハインド、好投手という厳しい状況。それでもモリフ各バッターの落ち着きは異常だった。高田の細かい失投を逃さなかった。
記憶が正しければ、150㌔を超えるような好投手、それも大会屈指の投手がここまで滅多打ちにされることはなかった。一昔前でいうと、田中将大(現楽天)やダルビッシュ有(現パドレス)が滅多打ちを食らうようなものか。大会No.1クラスの好投手がいても、150㌔を投げることができても、抑え込めるとは限らない。高校野球新時代の到来を予感させた。高田相手にに11安打を浴びせ、力勝ちしたこの試合は、衝撃的で優勝も現実的に思えた。しかし、投手陣が本来の調子を最後まで取り戻すことができず、9-11で鳴門(徳島)に敗退。ベスト16で甲子園を去ったが、「モリフ強し」のインパクトは強烈だった。ちなみに初戦の九州国際大附属(福岡)戦も8ー6の打撃戦で制している。
今現在、モリフといえば、前述のように打撃戦が得意との印象を持つ高校野球ファンは多いだろう。私もモリフの試合といえば、5-4、4-3のような接戦はあっても、投手戦の記憶はあまりない。好投手を打ち崩すのが得意な半面、あっさり押し切られてしまい、大敗するような試合も目立つのが少々きがかりである。そこは課題だろう。以前は抽選会で『当たりたい』と言われていた時期もあったが、『強打のモリフ』と対戦相手が恐怖を覚えてしまう存在になっていった。今では初戦でモリフを引きたい高校などないだろう。
また、2017年の165㎝のスラッガー3番植田拓、4番比嘉賢伸(元巨人)を中心とした強力打線も記憶に残った。今年の選抜高校野球に強力打線として乗り込んだ関東王者・健大高崎(群馬)も、モリフメソッドを採用しており、他校にまで影響を及ぼすような打撃論はもはや全国区である。
最後は野球ファンとして熱く語り、冗長になってしまったが、モリフが東北勢初の優勝旗を手にするのは、そう遠くはないはずである。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
おわり