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一日一書評#36「本当はちがうんだ日記/穂村弘著」(2008)
自分のダメな部分をさらけ出せる人を無条件で尊敬している。特にエッセイにおいては、自分の恥や失敗を書くことで、文章の面白さが増す上に、自らを強くすることが出来る。今回紹介する本も、著者の情けない部分が前面に出た、素敵な作品となっている。
「本当はちがうんだ日記」は、歌人の穂村弘さんが、自らの日常を描いたエッセイ集だ。穂村さんは、身の回りで起きた些細な出来事を、独自の目線で描いていく。その独特な感性から生まれた文体は、奇をてらっているわけでもないのに、グッと引き込まれて、印象に残る。
本作には様々な話が収録されているが、エスプレッソが苦いとか、焼き鳥が串から外れなかったなど、どれも軽く読める話ばかりだ。小さな事象なのに、本人が真剣に語っている分余計に面白く感じてしまう。細かいことをこねくり回して書くのではなく、自然に膨らませているのがポイントだ。
数十本のエッセイには、統一感が無い。本の話をしたかと思えば、昔の思い出を語りだす。しかし、物の捉え方が一貫しているので、戸惑うことなく穂村さんの文章を味わうことが出来る。
穂村さんは、極力マイナスな言葉を使わずに、自らの惨めな部分を表現する。これが出来ないあれが苦手だといった、コンプレックスを丸出しにするわけではなく、冴えない自分を間接的に見せている。
特に印象的だったのは、あだ名の話だ。小学生の頃、穂村さんにはあだ名が無かった。理由はわからないが、周りの友達からは「穂村くん」と呼ばれていたそうだ。卒業文集のプロフィール欄に、「誕生日」「将来の夢」に加えて、「あだ名」があったことにショックを受ける。自分にあだ名が無いからだ。それでも、穂村さんは「あだ名が欲しい」という直接的な願望を吐き出したりしない。ただただあだ名が無いことに絶望するだけだ。
基本的に自分を受け入れているが、タイトルの「本当はちがうんだ」には、最後の抵抗が感じられる。
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