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一日一書評#11「バイ貝/町田康著」(2016)
人として生活する上で、お金を使用することは避けられない。我々は、時にお金を上手に扱い、時にお金に振り回される。
本作も、お金に振り回された一人の男の物語だ。しかし、その振り回され方には少し特徴がある。ギャンブルでお金を遣い過ぎたとか、そういった深刻な事態ではない。きっかけは誰にでも起こり得るようなことだった。些細な出来事から始まる妄想の類が、完全なる独り相撲を繰り広げ、読み手に奇妙な感動を引き起こす。
約200ページからなる本作は、起きた事象が極端に少ない。庭の草刈りをしようと試みる、料理をしてみる、趣味としてカメラを始める、以上だ。これだけ聞くと、何とも読み応えの無い本だと思うだろうが、実際はそうではない。これらを行う上での心情や、起こったハプニングなどを、独自の言語で描いている。出来事の薄さに反比例して、内容は非常に濃くなっているのだ。
物語冒頭を引用してみる。「ドストエフスキーは、貨幣は鋳造された自由である、と書いた。心の底、腹の底からその通りであると思う。カネ、銭を遣うとき我々はなにものからか解放されている。」とある。何やら小難しい文章が始まりそうだが、決してそうではない。「草刈りの道具を買う際、安いのを買うべきか高いのを買うべきか迷う」「高いカメラを買ったが、どうにもプロみたいな写真が撮れない」という誰もが共感できる事象を、共感出来なくなる寸前まで理屈をこねくり回し、ユーモアを交え描写し続ける。それが本作の最大の特徴であり、魅力なのだ。小さい出来事を巧みな描写で膨らませて、大事件のように扱うエッセイは多々あれど、そういった小説はなかなか存在しない。
「読んでみて、その著者の他の本が読みたくなったらそれは良い本」という私の自分勝手な基準がある。本作は、著者の町田康さんの他の作品を読みたくなるのに充分な素材だ。今も私は、他の作品を通して町田さんの感性に触れたいという欲が止まらないのだ。
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