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一日一書評#29「6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む/ジャン=ポール・ディディエローラン著・夏目大訳」(2017)

今回紹介するのは「6時27分の電車に乗って、僕は本を読む」という本だ。著者のジャン=ポール・ディディエローランはフランス在住の作家で、過去2回、短篇でヘミングウェイ賞を受賞している。本作は、著者の長編デビュー作となる。

主人公のギレン・ヴィニョールは、本を処分する断裁工場で働いている。本を死に追いやる毎日は、とても楽しいとはいえない。断裁機から救い上げた、断裁されなかったページを通勤電車で朗読し、成仏させるのが日課だ。読み上げるのは、物語も脈絡もないページたちだが、乗客は喜んでくれる。ある日ギレンは、車内でUSBメモリを発見する。USBには誰かの日記が入っており、それは日常を少しずつ変えていくのだった。

本作を読んで思ったのは、一人の男の「人生」がリアルに描けているということだ。ギレンの周りでは、様々な出来事が起こるが、それはストーリーとは直接関係のないものが多い。しかし、それらの出来事は、ギレンの生活に少なからず意味を持たせる。物語の中心は、電車での朗読と拾ったUSBの行方だが、周りには多くの出来事が枝葉のように広がっているのだ。何か大きな目的があったとしても、それとは無関係なことばかり起きるのが人生だ。それらの出来事は大した意味もないが、時折重要な事件となり、人生に繋がってくることがある。そんなことを、ギレンの日々を通して考えていた。

印象的なシーンはいくつもあるが、ギレンの元同僚のジュゼッペ・カルミナティの存在が一番強烈だった。ジュゼッペは、裁断機に巻き込まれて両足を失ってしまう。その後の彼のライフワークは、自分の足を取り戻すことだ。取り戻し方は、「足が巻き込まれた時の紙を再生紙として使った本を集める」だ。そのシーンを読んだとき、恐怖でも哀しみでもない不思議な感情に襲われた。自分が著者だったら、登場人物にそんな業を背負わせないだろうと思うと同時に、その発想に感心してしまった。


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