見出し画像

一日一書評#9「夏と花火と私の死体/乙一著」(2000)

9歳の夏休み、橘弥生は同級生の五月(さつき)を登った木の上から突き落としてしまう。五月は枝を折りながら落下し、最期に大きな石に背中を叩きつけ、死んでしまう。弥生は罪悪感に震えながらも、二歳年上の兄の健と共に、死体を隠そうとする。

死体を隠すとはいえ、子どもの出来ることなどたかが知れている。隠す場所も、コンクリートの蓋をはがした溝の中や押し入れなど、調べればすぐに見つかりそうな場所ばかりだ。案の定見つかりかけるのだが、健はそのたびに機転を利かせて、見つからないようにする。見つかりそうで見つからない、その恐怖と緊張感が味わえる作品となっている。

この作品で特筆すべきは、物語の語り手だ。冒頭から、五月の視点で物語は展開していく。しかし、殺されてからもそれは変わらない。つまり、途中から死体目線で話が進んでいくのだ。そんな描写の仕方があるのかと驚かされた。そんなあり得ない視点は斬新でもあり、奇妙な違和感に似た感情に包まれる。

本作は、ホラーやミステリーの名手である乙一のデビュー作だ。これを執筆した時、著者がまだ16歳だったのは、驚くべき事実だろう。「16歳にしては」などという言い回しで称賛したくはないが、その若さでここまで巧みな描写が出来るとは、感心するしかない。

私がこの本と出合ったのは、全国大学ビブリオバトル2018の本戦の会場だった。準決勝を勝ち抜き、決勝の舞台で男子大学生が紹介しているのを見ていた。その発表者も、著者が16歳の時に書いた作品であることや、途中から死体の視点で物語が展開していくことを中心に話していた。私は著者のことは前から知っていたが、どのような作家で作風なのかは、その場で初めて知った。

優勝こそしなかったものの、その発表の内容に惹かれ、読むことにした。本作には、驚き、恐怖、斬新さ、すべてが詰まっている。その才能に、今からでも触れてみてはいかがだろうか。


いいなと思ったら応援しよう!

Jナカノ(旧アカウント)
記事を読んでいただき、誠にありがとうございます。良かったらサポート、よろしくお願いいたします。

この記事が参加している募集