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東京百景

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2010年、18歳で上京した「わたし」が見た景色。
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2017年12月の記事一覧

靖国通りの『アヤカフェ』

歌舞伎町にほど近い靖国通りの区役所前に、24時間開いているカフェがある。
電源、Wi-Fi完備でおまけにいつも空いているので、サークルのたまり場となっていた。「cafe aya」という名前だったと思うが、みな愛を込めて「アヤカフェ」と呼んでいた。

良いところがあれば、もちろん悪いところもある。アヤカフェは基本的に少し汚れていたし、料理も決して美味ではなかった。歌舞伎町に近いということもあってか、

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東中野に嘘はない

高校からの友人が演劇に出るから、とのことで東中野に降り立った。劇場を目指して歩くが、本当にこんな商店街に劇場があるの?と不安になりながら小さな建物の中に入り、チケットとどっさり束になったパンフレットを受け取る。
真ん中の舞台を囲むように客席がある作りになっており、奥の席へそそくさと移動した後は一人静かにパンフレットを読んでいた。

『嘘』というテーマの芝居だったと思う。客席と舞台の境目がない。演劇

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タイムマシンがあったって

タイムマシンがあれば、と時々考える。未来に行くか過去に戻るなら、私は断然過去に戻る派である。過去に遡ってあの時のあの過ちを避けたり、過去の自分に助言したりする。
そう考えると一つの疑念が湧く。「どんなことをしたって過去の自分の結果を変えることなどできないのではないか?」

あるプロジェクトに参加するため、東南アジア行きを控えた夏の話だ。搭乗の日が近づくにつれ、気持ちは重くなった。その頃の私は誰に強

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池袋の魔女

12月の寒い日だった。買ったばかりのコートを着ていたのに、気分はどんよりと落ち込んでいた。その頃の私は小さな恋を失ったばかりで、枕に突っ伏しては思い出の中で呼吸をしていた。客観的にみればなんてことのない、つまらない失恋だった。しかし当事者は事実を客観的にみることができないというのが世の常で、当事者の私は泣き濡れて暮らしていた。

「当たる占いがあるんだよ」
ふと、友人の言葉を思い出す。わらにもすが

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踏切前の音

予定より遅く目が覚めたところまではいつもの朝だった。時計の針を見て、慌てて支度をする。携帯に次々と届くメッセージに目を通す間もなく家を飛び出し、大学へ向かった。いつもと違うのは私がワンピースを着ていることと、その日が卒業式だということだけだった。

「遅いよ、みんな待ってたんだよ」
笑いながら肩を叩く学友たちにごめんごめんと謝りながら写真を撮る。次はあっちで、今度はこっちで。いつもの校舎前で皆が集

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荻窪は優しくない

その人を待つのは決まって荻窪だった。TSUTAYAで、ケンタッキーで、西友で、駅のパン屋で待っていた。記憶の中の荻窪が雨ばかりなのは確か、台風の季節だったからだ。

現れてごめんと言う人は、いつもなぜか少し怒ったような顔をしていた。申し訳なさで居心地が悪いんだろうとわかっていたから、何も言わなかったし、それが優しさだと思っていた。一つの傘を分け合いふたりともバケツをかぶったように濡れた。いつも私よ

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道玄坂で中生を

「すみませーん、生中ひとつ」
「はーい、中生ですね」

はちまき姿の店員の威勢のいい声がカウンターに響く。『中生』だったのか。ああ。
それを飲みたかったのは私ではなく、私の隣に座る人だった。高校時代の担任で、私の恩師であり友人だった。

17歳の頃唯一話ができた大人と、道玄坂で酒を飲みながら世間話をしているのが不思議だった。きっとあの頃とは変わっていて、それでいて少しも変わっていないふりをしていた

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中野通りを抜けて

春はあまり好きな季節ではない。マイベスト四季ランキング、4位。
出会いと別れの季節とは言うけれど、どうしても別れの印象が色濃く残ってしまう。新しい環境になると心がざわつくことも多く、なんとなく落ち着かない季節だ。

22歳の春、4年間親しんだ野方から友人の部屋に引っ越した。明るい引っ越しではなかった。自分で自分を突き飛ばし、逃げるように、それでも転がり落ちないように居場所を変えた、そんな引っ越し。

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野猿街道にある緑色

「トレーはご利用になりますか?」

夜の野猿街道は明るい。ドライブスルーも繁盛の外資系大手カフェは、夜9時でも席が埋まっていた。店員が着る緑色のエプロンは、八王子のはずれにあるこの田舎町には少し明るすぎる気がする。店員は、ごゆっくりお過ごしくださいと自信満々の笑顔でトレーを差し出した。

「おいしい?」
なんども訪れているカフェ。なんども飲んでいるフラペチーノ。けれど目の前の人は必ず聞く。
「ふつ

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都立家政で鍋をつつく

なぜその6人が集まったのかはわからない。普段からつるんでいたというわけでも、特別気があうわけでもなかった。大学の同じクラスの友人に、「鍋をするからおいでよ」と都立家政のアパートに呼び出された。

アパートは当時私が住んでいたマンションの隣駅にあったが、妙なところで自意識の強かった私は一番乗りで到着するのがなぜか恥ずかしく、わざわざ皆より少しだけ遅れて行った。部屋にあがると、すでに鍋の具材は寂しくな

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ゆれる鬼子母神

都電鬼子母神駅の改札を出ると、どっと汗が噴き出した。夏ははじまったばかりで、三人のうちの一人はパナマ帽をかぶっていた。パナマ帽はつまり、夏のことだ。

右手をひさしにしてのらりくらり歩くと、すぐに見つけた中華そば屋。「冷やし中華」の旗がゆらめいていた。中に入り、冷やし中華を注文する。いかにも味が濃いとわかる黒い汁なのに、暑さのせいで味覚がいつもより鈍い。麺を食べ終えると、真っ黒のつゆにきゅうりとた

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黄色いハモニカ横丁

彼女が東京へ帰ってきた五月、ハモニカ横丁に入った。

狭い路地の中に屋台風の飲み屋が所狭しと立ち並び、独特の雰囲気を醸し出している。
彼女の彼が好きだというお店へ向かうが、満席で入れない。土曜の夜は、つらいね。

半分学生のような三人は、立ったままビールを飲んで、泡立った液体が顔を黄色く照らした。

あの店の串焼きがすごくおいしいんだと、別の店で肴をつまみながら話している。
今日入れなかったあのお

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縦線のその先

目の前に紺色の縦線が広がっていた。その縦線をじっとみていると、まっすぐではなく、少し歪んで列を成していることに気づく。

山手線の外回りで、のしかかるように立つサラリーマンの眉間は狭い。きっと何十年間もしわを寄せ続けてきたのだろう。歴史があるのだ、それぞれの眉間には。

鉄柵にもたれるようにつかまっていたその人も、ターミナルで一席空くとすぐに収まり、一駅か二駅先で降りて行った。その縦線の抜け殻には

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西新宿は広く

「知らない人についていっちゃいけません」
物心ついた頃から口酸っぱく言われたことばが胸にチラつきながら、初めて、顔も知らない人と落ち合う。

私はその頃19歳を半年過ぎたばかりで、いくつかの別れを経験し、何かしなくては、という思念に追われていた。
目ざとくみつけた編集サークルに連絡をとり、興味があるのですが、と簡単なメールを送ると、ひとまず、会って話をしましょうと言われ、京王デパートの入り口で待ち

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