西岡まほ

1991年生まれ、東京都在住。クリエイティブ系肉体労働者。 【2019/11/24 文学フリマ東京出店】

西岡まほ

1991年生まれ、東京都在住。クリエイティブ系肉体労働者。 【2019/11/24 文学フリマ東京出店】

マガジン

  • 東京百景

    2010年、18歳で上京した「わたし」が見た景色。

  • シソーラスベース

    短編・掌編集。

  • クラムボンなど笑わせておけ

    かぷかぷ笑わない日常。

最近の記事

サザンビーチカフェは曇りにて

茅ヶ崎の海岸沿いに、海外の別荘のような外観のカフェがある。 サザンビーチカフェは、私が初めて訪れた2010年当時から有名なカフェだった。 薄い潮のにおいと波の音。風がよく通る店内は広く、開放的な雰囲気がした。よく日焼けした店員はTシャツとデニムのラフな姿で、毛先の赤く縮れたポニーテールを揺らしている。 海側にとった大きな窓からはビーチと、そこを歩く人々が見えた。サーフィンボードを担ぐ上裸の若者や、キャミソール姿で自転車を漕ぐ女性、小さな犬の散歩をさせるアロハシャツのおじさん

    • 5年前と5年後の中間地点

      誕生日の1週間前、免許更新をするために江東運転免許試験場に向かった。 東京メトロ東陽町駅から徒歩5分。免許の更新は二度目だったが、江東試験場に行くのは初めてだった。 駅を降りてグーグルマップに従って歩いていると、「運転試験場近道 徒歩2分」と書かれた看板が目に入った。印字された文字がはげかけていて、どこか手製という感じがした。近道ということばに誘われ矢印の指す道に入ると、住宅街の裏道のような細い路地が続いていた。 少し不安になっていると、フェンスや階段の段差など道のそこらに

      • 橋を渡る

        28歳の春、ランニングをはじめた。もともと運動経験に乏しく体を動かす習慣がないことを「よくないことだ」と自省していたのも、走り始めるきっかけとなった。これまでも一念発起してはジムに通ったり、プールに行ったり、ホットヨガを始めたりしていた。が、たいてい長続きしなかった。たいていのことが長続きしない性分なのだ。 けれど、このときのランニングは不思議と続いた。当時の世の中の閉塞感と自分の頭の中の混乱が、走るという行為とうまくマッチしたタイミングだったのだと思う。やればやるだけ、わ

        • 高円寺で亡骸を拾う

          「一緒に東京行こうよ」 高校2年生の球技大会だった。グラウンドの隅に生えた雑草を触りながら、17歳の彼女は事もなげに言った。その勢いに気圧され、気づけば私は頷いていた。 その1年後、私は彼女の背中を追うように同じ大学へ進み、東京へ移った。彼女はアナウンサーになりたいと言ったり、演劇サークルに入ったり、専門学校に通ったり、個展を開いたりと忙しくしていた。自由奔放で寂しがりやな彼女は、高円寺の器の広さとだらしなさが性に合ったようで、長くそこに住んでいた。大学を卒業した後は、高

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          52本
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        記事

          井の頭のフインランド

          社会人になる年の頭、井の頭公園の近くに引っ越した。職場からアクセスが良いからというのは言い訳で、実のところ、「住みたい街ナンバーワンの吉祥寺に一度くらいは住んでみたい」という田舎者根性のためだった。とはいえ、私の借りた古い木造アパートの近くにあるものといえば公園くらいで、映画館もおしゃれなパン屋も、スーパーもドラッグストアもなかった。吉祥寺駅まで徒歩18分。騙されたような気分で、友達のお下がりの自転車を駐輪場に登録した。後輪カバーに貼ったシールが誇らしげに光った。 生活をス

          井の頭のフインランド

          しおりの人

          荷造りをしていると、クローゼットからくしゃっとした紙が出てきた。片面が白い紙。そのふにゃふにゃを開くと、水道料金の領収書だった。 しおりだ。私はすぐにわかった。 この家には私の他に、もう一人住んでいたことがある。私はその人を好きだった。その人もたぶん、私が好きだった。本と映画と植物が好きな、優しい人だった。 なんとなく一緒に暮らし始めた。料理は苦手だったけど、掃除は上手い人だった。 「コツがあるんだよ」彼はひそひそ声で言った。でも、そのコツは教えてくれなかった。「ようちゃ

          しおりの人

          気まま紀行録

          気ままな旅をした。お金も、寝るところも、食べるものも、すべて。決めていたのは行き先だけで、あとは何も決めなかった。 当日に切符を買って、着いたら観光案内所で宿を探した。暑い日もあったし、寒い日もあった。暑い方が、なおよかった。Tシャツとスカートにカーディガンを持ち、ホテルを出てふらりと歩いた。風が気持ち良い。 看板を見て適当なお店に入り、土地のお酒を飲んだ。帰りにスーパーに寄って、アイスやドーナツを買うのだ。お財布は、できるだけ小さい物で。お金が足りなくなれば、コンビニへ

          気まま紀行録

          おめでとう【御芽出度う】

          砂さんがいなくなったのは、一月の寒い日だった。何の前触れもなく、アパートから出て行った。砂さんは寒いのが苦手だった。普段は無愛想なくせに、寒い日になるとすり寄ってきて、私の体温を奪う。 「オンナでもできたんじゃないの」 とノリちゃんは言った。ノリちゃんは私の専門学校時代からの友達で、砂さんが心を許す数少ない相手だ。 「砂さんが?まさか」 「わかんないよ、ああいうタイプに限って意外と内に秘めてるものがあったりしてさ」 そうかもしれない、と私は思った。自然と人を引き寄せるよう

          おめでとう【御芽出度う】

          青痣【アオアザ】

          まーた青あざつくって、と姉ちゃんに言われたのは月曜の夜だった。 うるせー、関係ないじゃん、と応えると、 「そんな乱暴な言葉遣い、お母さんが聞いたら怒るよぉ」 と洗い物で濡れた手をこちらに向けてぱっぱと払った。 「実果子さ、あんたもう高学年なんだから、ちょっとは女らしくしたら?こないだうちに来たアイちゃん、あんたのこと弟だって思ってたよ」 いーじゃん、別に。クスクス笑いながら二階へ上がっていく姉ちゃんに聞こえるように、できるだけ大きい声で言う。髪短い方が楽だしさぁ、あざだ

          青痣【アオアザ】

          鈍くなる

          22歳になって突然、なすがおいしいと思うようになった。なすの揚げびたしを食べたことがきっかけだが、それ以来なすの好感度が急上昇。困ったな、と思う。なすをおいしいと思うなんて、まるで大人だ。 人間の舌は年老いると劣化するという。子供の頃たくさん好き嫌いがあった人が、大人になって食べられるようになったりするのは、味覚が劣化してしまったかららしい。この理論でいくと、私の舌は確実に劣化してしまったのだ。 人間の感受性だって同じことが言える。 私は子供の頃、週末になると自転車を飛ば

          造花なんてやめればいい

          ずっと男の子になりたいのだと思っていた。 その理由もわかっていて、自分に女としての自信がないからなのだった。だから正直に言えば、男になりたいのではなく、女としてみられたくないだけなのだと、最近気づいた。 世の中には物心つくころから”女”として扱われてきて、それに慣れている人間がいる。幼き頃から大人たちに可愛い、可愛いと褒めそやされ、フリルのワンピースやピンクの小物を与えられてきた人たち。自己愛というものが健全に育まれる。そうやって成長してきた人たちは、きちんと自分の性を認め

          造花なんてやめればいい

          都立家政で鍋をつつく

          なぜその6人が集まったのかはわからない。普段からつるんでいたというわけでも、特別気があうわけでもなかった。大学の同じクラスの友人に、「鍋をするからおいでよ」と都立家政のアパートに呼び出された。 アパートは当時私が住んでいたマンションの隣駅にあったが、妙なところで自意識の強かった私は一番乗りで到着するのがなぜか恥ずかしく、わざわざ皆より少しだけ遅れて行った。部屋にあがると、すでに鍋の具材は寂しくなりつつあり、他の5人はできあがっていた。もう卒業後の進路が決まっていた頃で、なん

          都立家政で鍋をつつく

          ゆれる鬼子母神

          都電鬼子母神駅の改札を出ると、どっと汗が噴き出した。夏ははじまったばかりで、三人のうちの一人はパナマ帽をかぶっていた。パナマ帽はつまり、夏のことだ。 右手をひさしにしてのらりくらり歩くと、すぐに見つけた中華そば屋。「冷やし中華」の旗がゆらめいていた。中に入り、冷やし中華を注文する。いかにも味が濃いとわかる黒い汁なのに、暑さのせいで味覚がいつもより鈍い。麺を食べ終えると、真っ黒のつゆにきゅうりとたまごの筋が浮かんでいた。どうして冷やし中華の最後は、こんなにみじめなんだろう。色

          ゆれる鬼子母神

          黄色いハモニカ横丁

          彼女が東京へ帰ってきた五月、ハモニカ横丁に入った。 狭い路地の中に屋台風の飲み屋が所狭しと立ち並び、独特の雰囲気を醸し出している。 彼女の彼が好きだというお店へ向かうが、満席で入れない。土曜の夜は、つらいね。 半分学生のような三人は、立ったままビールを飲んで、泡立った液体が顔を黄色く照らした。 あの店の串焼きがすごくおいしいんだと、別の店で肴をつまみながら話している。 今日入れなかったあのお店、今度行こうと話しながら、彼女の彼とはもう会えない。 さよなら、黄色く光った

          黄色いハモニカ横丁

          野猿街道にある緑色

          「トレーはご利用になりますか?」 夜の野猿街道は明るい。ドライブスルーも繁盛の外資系大手カフェは、夜9時でも席が埋まっていた。店員が着る緑色のエプロンは、八王子のはずれにあるこの田舎町には少し明るすぎる気がする。店員は、ごゆっくりお過ごしくださいと自信満々の笑顔でトレーを差し出した。 「おいしい?」 なんども訪れているカフェ。なんども飲んでいるフラペチーノ。けれど目の前の人は必ず聞く。 「ふつう」 「普通って?」 そうたずねつつ、ペンやノートや、タブレットや携帯を眺める視

          野猿街道にある緑色

          縦線のその先

          目の前に紺色の縦線が広がっていた。その縦線をじっとみていると、まっすぐではなく、少し歪んで列を成していることに気づく。 山手線の外回りで、のしかかるように立つサラリーマンの眉間は狭い。きっと何十年間もしわを寄せ続けてきたのだろう。歴史があるのだ、それぞれの眉間には。 鉄柵にもたれるようにつかまっていたその人も、ターミナルで一席空くとすぐに収まり、一駅か二駅先で降りて行った。その縦線の抜け殻には、新たに乗車した赤ちゃんと母親が収まった。隣の人の良さそうな淑女が、かわいいわね

          縦線のその先