「春画展」第二弾、「肉筆春画」に焦点
“秘かに愉しむもの”とされてきた春画の展覧会が、京都の細見美術館で11月24日まで開かれている。かの大英博物館で反響を呼び、2015年に東京の永青文庫で20万人の動員があったわが国初の本格的な「春画展」は、翌年に細見美術館にも巡回開催された。今回の「美しい春画 ― 北斎・歌麿、交歓の競艶 ― 」は8年ぶりの第二弾で、版画・版本の作品に加え、特に一点ものである「肉筆春画」に焦点をあて、葛飾北斎の幻の名品や喜多川歌麿の大作、海外から里帰りを果たした作品約20件を含む、精選された美麗な春画約70件が展示される(前期:~10月14日、後期:10月16日~)。なお18歳未満は入館禁止となっている。
北斎の幻の名品や歌麿の大作も初公開
春画は個人の密かな楽しみという常識を覆す今回の「春画展」には、これまで書籍などでその存在は知られながらも、美術館での展示が叶わなかった作品を中心に展示。中でも葛飾北斎の肉筆春画の傑作《肉筆浪千鳥》は、1976年にパリで展示されて以来、長らく公開されず、日本の美術館では初の展示。しかも巡回の予定が無いという。
見どころの第一は、北斎の幻の名品《肉筆浪千鳥》(個人蔵)をはじめ、歌麿の《歌満くら》と並び、かつて春画の最高峰とされた『浪千鳥』、北斎自身の筆とされる『富久寿楚宇』の3作品を比較しながら鑑賞できる初の機会となる。
第二は、春画のイメージを覆す、歌麿の大作2点《夏夜のたのしみ》(個人蔵)と、《階下の秘戯》(似鳥美術館蔵)を日本の美術館で初めて公開している。
第三に、美しい春画 22点が里帰りしている。2013年の大英博物館では9点、そして2015~16年の日本の春画展で14点が出品されたミカエル・フォーニッツコレクション。 今や「フォーニッツコレクションなしに肉筆春画については語りえない」とまで言わしめている。今回は初公開作品を含む、これまでで最大となる22点の優品が里帰りする。
展示は3章構成。まず第1章は「上方春画の世界」。さまざまな上方春画を展示しているが、中でも18世紀後半の上方春画界を席捲した月岡雪鼎の作品は、江戸のそれと比較して濃厚な描写が特徴的だ。当時、雪鼎の春画を所持すると火伏せのお守りになるという伝説が生まれるほど、人気を博した。
ここでは、月岡雪鼎 の『月次春画花卉画帖』より(ミカエル・フォーニッツコレクション)や、鳥文斎栄之の『貴人春画巻』(個人蔵)などが出品されている。
第2章は「北斎・歌麿の競艶」。歌麿の《夏夜のたのしみ》には、若い恋人たちが夏の夜に戯れている様子が描かれているが、横幅が1メートルを超える大きな掛軸だ。掛軸は、原則的に床に掛けて複数の眼で鑑賞する絵画なのに、どのようなシチュエーションに置かれたのか、想像するのも一興。
同じく歌麿の《階下の秘戯》には、階段の途中で交接する男女と、階段下の陰で自慰をする女が描かれている。
近年発見された葛飾北斎の肉筆春画《閨中交歓図》(個人蔵)は関西初披露。淡彩で描かれた品格ある交合図だ。「北斎」から「戴斗」号への過渡期頃の制作と推定される。
後期展示となるが、北斎 の『喜能会之故真通』より「蛸と海女」(文化11年・1814年、個人蔵、10月16日~ 10月31日展示)や、『春愁図』(ミカエル・フォーニッツコレクション)も注目される。
第3章は「魅惑の浮世絵春画」で、ホンモノが持つ凄さに驚く。注文による1点モノの肉筆春画では、金や銀をはじめ、良質な絵具を用いて男女の肌や身体、着物などが繊細に描かれている。また艶墨が使われた髪、陰毛の緻密な毛描きなどの技を
凝らした表現が巧みだ。
さらに、版元や絵師の名を隠した地下出版物であった春本では、豪華絢爛な色彩に加え、雲母摺り、空摺といった江戸版画の超絶技巧を堪能できる。この章では、勝川春章の《初宮参図巻》(似鳥美術館蔵)や、歌川国貞の『艶紫娯拾余帖』より(国際日本文化研究センター蔵)などが展示されている。
《初宮参図巻》は、紅葉の頃寺社の境内での見合いに始まり、結納、婚礼とつつがなく進行してゆく。そして、妻が夢の中で七福神と戯れたことで懐妊、出産、翌年の桜の頃に初宮参りの慶事で締めくくる構図だ。
SHUNGA」
大英博物館の「春画展」に約9万人入館
大英博物館の「春画展」がスゴイ――。こんなタイトルの特集記事が芸術新潮の2013年12月号に掲載されていて、興味を引いた。内容もさることながら、「よくぞ実現したものだ」と、驚いた。それから1年有余経て「SHUNGA 春画展」が永青文庫と細見美術館で開催されたのだ。
大英博物館での「春画―日本美術における性とたのしみ」(Shunga: sex and pleasure in Japanese art )は、2013年秋から14年初めにかけて開催され、のべ約9万人が訪れ、その6割が女性であったことから話題になった。その展覧会を“本家”で開催するとなると、日本の美術・博物館は敬遠し、会場探しが困難を極めたそうだ。そんな状況下、風穴を開けたのが永青文庫だった。
※以下6枚の画像は、「SHUNGA 春画展」(2015-2016年)の展示作品(トリミング)
永青文庫は、旧熊本藩主細川家伝来の美術品、歴史資料や、16代当主細川譲率の収集品などを収蔵していて、理事長は18代当主の細川護煕・元内閣総理大臣だ。細川さんは、「規模も小さく、至らないところの多い施設ですが、春画展日本開催への皆様の情熱と意義に応えて、及ばずながら、ご協力したいと考えた次第です」と、主催者挨拶で記されている。また芸術新潮のインタビュー記事で「今回の展覧会が起爆剤になって、扉を開くきっかけになれば、と願います」と話していた。
細見美術館は日本の古美術の収蔵で定評があり、琳派400年の2014年は、所蔵する俵屋宗達や酒井抱一ら琳派の名品が注目を集めた。「春画展」は、春画展日本開催実行委員会からの要請もあり、館蔵品展を取りやめ急遽決まったようだ。展示の約130点のうち、京都の西川祐信や大坂の月岡雪鼎、さらに九州の大名家に伝わる作品約10点を初めて展示した。同館では、「大名から庶民にまで広く愛された肉筆と浮世絵が一堂に揃うまたとないこの機会に、ぜひ春画の魅力をご堪能ください」と呼びかけていた。
わいせつ感を寄せつけぬ「美しい」絵画性
春画とは、江戸時代に登場し発展した絵画だ。主に異性間や同性間の性描写を描いた版画の一種で、「笑い絵」などとも呼ばれたユーモラスで芸術性の高い肉筆画や浮世絵版画の総称。人間の自然な営みである性を主題にする絵画は古今東西にわたって大名から庶民まで貴賤を問わず、男女対等に楽しまれた。浮世絵春画は浮世絵の普及とともに、早くから海外からも注目を集めてきた。
とりわけ19世紀末のジャポニスム時代以降、特に欧米で高い評価を得た。ところが日本では浮世絵展などで一部の作品が出品されていたが、春画をテーマにした展覧会は開催されたことがなかった。このため春画を題材にした出版物など数多く出回っているのに、オリジナル作品は、まとまって鑑賞出来ない、という奇妙な状況にあったわけだ。
今回の「春画展」で、浮世絵師の表現力に圧倒された。日本が誇る浮世絵の第一人者である北斎や歌麿が描いたものが多数あり、「エロい」とか「いやらしい」といった「わいせつ感をよせつけぬ絵画性」というか「とにかく美しい」のだ。若いカップルが数多く来場していたのも不思議と納得した。
月岡雪鼎の作品にも興味を引いた。
雪鼎と言えば、やはり芸術新潮の2015年1月号に「月岡雪鼎の絢爛エロス」が特集されていていた。肉筆春画が部分拡大されて掲載されているのには抵抗もあったが、艶姿の巧みさに、さすが春画の名手と頷いたものだ。
※以下4枚の画像は、「帰来去展」(2015年)の展示作品
横浜美術館で鑑賞した蔡國強(ツァイ・グオチャン)の「帰去来」展(2015年)に出品されていた《人生四季》は、雪鼎の作品『四季画巻』から着想を得ていて印象的だった。娘から成年へ、そして妊娠して年老いていく女性の姿と、自然の中の四季を絡めての色彩豊かな作品だ。
もちろん蔡國強ならでは火薬を使って描いている。本人の弁によると「これまでの私は、火薬を使って絵を描くことから始め、屋外での爆発プロジェクトにまで発展させることが多かった。だが今回は、昼用花火の効果と材料を、平面上の絵画に凝縮させた」とのことだ。長年、蔡の作品を見てきたが、こんな新手に初めて接した。
掲載画像は、今回の「春画展」に加え、2015年時と蔡國強の《人生四季》も取り上げている。