二つの時計
彼と彼女は掛け時計を見ていた。
二人の置かれた状況について、そして彼らがこれからどういう行動を取るべきかについて、深く語り合う必要があった。いくつかの針が回っていた。しかし、どの針を眺めても彼らの道のりを直接的に指し示してはくれそうになかった。
「内側には本当の心が保存されていて、、、」
彼女がつぶやいた。
彼はそっと彼女に目をやると、すぐに時計に視線を戻した。秒針が音も立てず一定の速度で回り続けている。その自明の事実が彼の感情を平静なものへと引き戻してくれる。
二人は、これまでに様々な物事を目にしてきた。雨や風が飲み込んでいく人々の営みを。意味もなく、自分の意志などまるで約束されていない場所へ導かれた人々が、容易く殺されていく光景を。つるりとした卵が割れ、そしてそれが手品のように再び元の姿を取り戻すような特別な瞬間を、彼らは目にしてきた。
世界はあらゆる種類の物事で満ち溢れている。彼らにはそれがよくわかっていた。そして、掛け時計もそのうちの一つに過ぎない。
彼はポケットをまさぐり、手のひらに握りしめたものを彼女へと差し出した。それはネジが外れて動かなくなった古い腕時計だった。
どんな人間にも保存された心があるのだろうか?
彼は不意に古い女の友人を思い出した。彼女に出会うずっと昔、一度だけ一緒に食事をとったことがある女性のことを。
何を食べたかは覚えていない。その空間を埋めていた音楽も、相手の服装も、季節も、それから時間帯も。その女性が存在していたという以外に記憶は残されていない。
黒く長い髪、赤い三日月のような唇。彼女は今何をしているんだろうか?いったいどこで、だれと?どんな暮らしをしているんだろうか。
どうして今頃そんな事を思い出したのだろう?
掛け時計の長針が小さな音を立てて弾んだ。彼女は壊れた腕時計を仔細に眺め続けていた。
「昔、、、古い友人がいて、、、
「分かっているわ」
彼が全てを言い終わる前に、彼女が遮った。にべもなく、物分かりのいい子供が、そうなることを予期していた時に見せる純粋な諦観のようなものが彼女の表現に見てとれた。
確かに、声に出す必要はなかった。しかし、彼には分かっていた。口に出しても、出さなくても、結局のところ同じことなのだ。それがカタチになって現れるか、現れないかの話に過ぎないのだから。彼は一つため息をついた。重く、救いのないため息だった。
つまるところ、二人はあまりに多くのことを知りすぎていた。あまりに多くの物事を見つめすぎていた。海底を泳ぐ魚が海の青さについて認識できないように。境目が不明瞭で、彼らは今にも消えてしまいそうだった。