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純度の高さ(愛情生活/荒木陽子)

天才写真家アラーキーこと荒木経惟氏の妻・陽子のエッセイ。
高校を出て電通に入社し、当時電通のカメラマンだったアラーキーと出会い結婚。子宮肉腫のため42歳の若さで亡くなられている。
夫婦生活は20年ほどだろうか。ともに酒好き、旅好きでグルメや旅のエッセイの要素が多いのだけど、夫婦が骨の髄まで愛し合っていたことがわかる素敵な作品だった。何年経ってもラブラブな私たち!カメラマンとして大成功した夫との裕福な暮らし!などという自慢は1ミリも感じられず、ただただお互いの深い愛が滲み出ている不思議。
彼女の文才も確かにあるのだけど、それ以上に、生まれもった人間性と鋭い感性によるものだと感じた。

荒木経惟氏については、ちょっと奇抜なエロ系の写真を撮っている人というイメージがあったのだけどやはりそんな感じで、インタビューでは「抱いた女の写真しか撮ったことがない」と豪語し、実際、撮影旅行で初対面のモデルを抱きながら撮影するという出版社の企画に参加し、陽子は本作で複雑な心境を綴っていた。(もちろん陽子自身もめちゃくちゃ抱かれながら撮られている。彼女もまた、そもそもの感性が凡人ではない)

あと、酔った夫に言われた一言が印象的だった。
「キミの中には性悪な部分があって、妻として見ると困るんだが、作家として見ると、そーゆー部分を伸ばしてあげたい気持ちがあるなぁ」
(※「そーゆー」表記は、本作を通して使われている)
おそらく根っから明るくて朗らかでノリの良い女性なのだろうけど、性悪さを見抜く写真家は流石である。

最後の解説が江國香織(豪華!)だったのだけど、私が感じたことをめちゃくちゃ綺麗にまとめてあったので引用。

書かれているのは夫との日々や旅の記憶で、たんたんと、くっきりと、ときに赤裸々に、矜持を持って綴られるそれは圧倒的で輝かしい。ドラマティックなことが書かれているわけではない。静かな日常だ。夫と銭湯に行ったとか、湯豆腐を食べたとか、ラジオ体操をしたとか、映画を観たとかー。でもそれら一つ一つにあり得ないほど確かな手触りと幸福感があり、どの場面もライヴ映像を見ているみたいなのだ。生々しいのとは全然違う。きちんと紙に言葉で定着させた上での、おそろしいまでの純度の高さ、が、ここにはある。
純度の高さー。これは望んで得られるものではないので、荒木陽子という人の、たぶん性質なのだろう。

望んで得られるものではないものを持っていたから、天才は惹きつけられたのだろうと思った。



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