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雄弁で正直(死体は語る/上野正彦)

1989年に65万部売れたベストセラー。
監察医を34年務め、2万体の死体を解剖した著者によるエッセイ集のような一冊。私は解剖医ドラマ「アンナチュラル」にハマっていたのだけど、こちらも事実は小説より奇なり的な面白さがあった。

ある時は、同時に心中したはずの2人の死体の腐敗度合いに差があったことから浮上した他殺説を、押し入れの上か下か、西日が当たっていたか否かといった僅かなコンディションの違いから否定する。またある時は、溺死と思われた死体から青酸カリを検出し、逆に他殺説を唱える。

生きている人の言葉には嘘がある。
しかし、もの言わぬ死体は決して嘘を言わない。
丹念に検死をし、解剖することによって、なぜ死に至ったかを、死体自らが語ってくれる。その死体の声を聞くのが、監察医の仕事である。
話をじっくり聞いて、死者の生前の人権を十分に擁護するとともに、多くの解剖結果から、健康であるための方法を生きている人のために少しでも還元することができれば、直接病人を癒やすことができない私でも、医師としての使命を十分に果たすことができると思っている。

作中に繰り返し出てくる「死者の人権を擁護」という言葉が、なるほど監察医にしかできない仕事だなと思った。

他殺死体から浮かび上がる具体的な犯人像も興味深かった。
例えば何度も刺された惨殺死体は怨恨によるものと考えらえることが多いが、実は「被害者よりも弱者」という理由であることが多い。首尾よく相手を倒しても、もしも相手が起き上がれば自分がやられてしまうという恐怖から、何度もトドメを刺すらしい。

著者は「死体を見て怖くないんですか?」と何度も聞かれ、その度に「生きている人間の方が怖い」と答えていたという。
そりゃまあ、そうだわな…と読んだあとは妙に納得した。

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