無駄なこと(ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち/レジー)
ビジネスシーンで使える「話を合わせるのに最適なネタ」をクイックに仕入れて、「うまく立ち回る」ことによってお金を稼ぐ。そのためのツールとして最適なのが教養であるー
中田敦彦やメンタリストDaiGoなど、書籍をコンパクトに紹介するYouTubeが人気を博した昨今、”ファスト教養”の需要が生まれている。
たしかにここ数年、書店にいけば「教養」とタイトルについた本がよく目につく。本来、教養とは、ビジネスシーンで役に立つ短絡的なツールではなく、長いスパンで考えた時に人生を豊かにするものだ。だがそうした書籍はもれなく、周りの人々や時代の流れに置いて行かれてはならないと煽るニュアンスを含んでいる。
ファスト教養は、なぜ生まれたのか?
以前読んだ「映画を早送りで観る人たち」と同じような結論(最近の子は時間も金もないからとにかくタイパ重視!というやつ)を想像していたが、本作の結論はもう少し社会的なものだった。
自己責任と「自助」
今の日本には、自己責任という考えがとにかく浸透している。例えばこの書籍が発売された2022年時点で、「コロナの感染は自業自得だと思う」と捉える日本人は11.5%で、アメリカの1%の10倍以上いた。だから生活保護を受けることは恥ずかしい、もしくはずるいと考える。(DaiGoがホームレスを批判して炎上したのもこの頃だったか…)
ITバブルとホリエモン
さらに2000年代初頭、ITバブルとホリエモンの登場がファスト教養を後押ししたと著者は指摘する。好きなことを諦めずこつこつ努力し、与えられた仕事に楽しみを見つけて続けるよりも、パソコン1台でとにかくスピード感をもって結果を出すことが重視されるようになった。
AKB商法
著者は音楽系ライターのため、音楽カルチャーとの関連も指摘されていた。握手券をつけてCDを売ったAKB商法によって、音楽が純粋に聴いて楽しむものから、応援という名目のもとで「数字を上げる」という目的に向けた活動にすり替わった。
ファスト教養に染まったビジネスパーソンが「ビジネスに役立つか」でしか書籍や文化をジャッジできなくなるように、チャートハックが目的化したファンの活動には、表現そのものへの関心が生まれる余地がないと言えるかもしれない。
ファスト教養視点で読み解く『花束みたいな恋をした』
美大を卒業後、イラストレーターを目指していた麦(菅田将暉)は、絹(有村架純)との同棲生活を営むため就職する。音楽や小説やお笑いなど、様々な文化的趣味を共有していた2人だが、麦は次第にそうしたものから離れていく。二人で行った書店で麦が『人生の勝算』を手に取るシーンが象徴的だが、著者がこれをファスト教養のバックボーンとして存在する「早く成功したい(早く成功しないと脱落する)」という空気に麦が搦めとられていく様子と分析しているのが面白かった。
私はあの映画を観たとき、そもそも二人が”サブカルな自分たちに酔ってるだけのファッションサブカル男女”という印象を受けたため(なんせ作品について深く語る描写が一切なく、絹にいたってはお笑いライブに向かう途中、たまたま先輩と出会って飲みに誘われたからとライブを放棄している。意味がわからない)そもそもの感心が浅くて薄いから、優先順位がガクンと下がっただけだろうと思っていた…
では、ファスト教養とどう対峙するか
「成長したい」というモチベーションに囚われたビジネスパーソンに、成長の意味を問い直そう。ビジネスで一定の成果をあげることで精神の平穏を保ちつつ、自分にとって「成長」とは何かという大きな問いに立ち向かうのが、ビジネスパーソンの目指すべき姿だ。
それに必要なのは、気持ち奮い立たせる成功者のエピソードではなく、専門的な知識に裏打ちされた確かな知識である。同時に、自分だからこそ学ぶ意味のあるテーマを見つけることも重要だ。
あと、私が常々思っていることだが、「5分でわかる〇〇」というような動画を見たところで、どうせ明日には忘れる。ネットで何だって調べられる時代だからこそ、時間をかけること・実体験することでしか手に入らない深い知識と思考力に価値がある。