Review#6:Naypes (Roberto Mansilla)
アルゼンチンのマジシャン、Roberto Mansillaが2011年に販売した、パーラーでのカードマジック作品集。原著はスペイン語ですが、英語に訳され、Vanishing Inc.社から35ドルで販売されています。読み終わったあとに価格を確認してたまげました。この価格はさすがに安すぎると思います。
御本人のLinkedInを見る限り、ビジネスコンサルティング会社でも勤務しているようで、専業マジシャンではないようです。掲載作品の中で、少しばかりマニアックなところもあり、プロタッチなところも同時に感じられたのは、そういう背景もあるのかもしれません。そして、アルゼンチンのマジシャンといえども、スペインとの交流がかなり強固にある模様で、そこかしこでAscanioやTamariz、Gabiの名前が出てきます。
パーラー向けに改案されたクラシックなカードマジックが解説された名著
本のタイトル”Naypes”というのは、スペイン語でトランプという意味のようです。そのタイトル通り、全編カードマジックが紹介されています。
カードマジックは、ACAANやOut of This World、General Card等のクラシックな現象を、Roberto流にパーラーで演じられるように改案したものばかりです。彼自身のこだわりや思考、趣味が存分に詰め込まれています。特にGeneral Cardには並々ならぬこだわりがあるようで、歴史的経緯もガッツリページを割いて説明されており、これだけでも創作や改案する方には勉強になること間違いなしです。「ウケりゃええやろ」的な短絡的な思考ではないところも好感。こだわりが強い分、読者のレパートリーに入りにくいかと思われるかもしれませんが、そんなこともなく、例えばACAANの”Eureka!”やOut of this worldの”Outstanding”については、ある程度そのままでもレパートリー入りするものだと思います。(まぁ、この2つについてはVernet社から単独で販売もされていますしね)
サトルティや細かいtips、演出やセリフも詳細に記されているのですが、賢いなぁと感じたり、そういう台詞回しにするのかと感心したり、とても刺激になる部分が多かったです(一部、ハンドリングの説明が雑だなと思ったところもありますが)。という点でやっぱこの価格にしてはお釣りがくる内容です。
ただし、もし、あなたが斬新な現象や解決策を求めているのであれば、その場合にはこの本はおすすめしません。パーラースタイルでいかに魅せるか?既存の手法を適用していくか?という思考で作品が構成されており、手法自体はクラシックな技法や過去のプロット解決策の発展形が多いからです。例えば、ACAANのEureka!も、完全オリジナルというよりは、Barrie Richardsonのものがベースになっているものですしね。
また、作品の間には、エッセイやインタビューが掲載されています。このエッセイやインタビューでは、創作背景や思考の過程が伝わってくるため、読み応えがあります。”The different forms of Icarus”というエッセイではcontextを論じ、Helder Guimaraesによるインタビューでは改案のプロセスやFictional Magicについて論じられます。(彼がインタビューするって、豪華ですよね~)
作品や最後のHelderによるインタビューを読んで気づいたのは、Roberto MansillaはFictoinal Magic寄りの考え方というよりは、Realistic寄りくらいの主義の方なんだな、ということです。(仮に、Realistic MagicとFictional Magicの二項対立させると、ですが。)まぁ、私が誤解してただけなんですけれどもね。Roberto Mansillaは、2021年のGenii(雑誌)において、Gabi Parerasの追悼特集の記事を執筆しており、Fictional Magicについて詳細に紹介していたため、てっきり完全にFictional Magicベースでマジックを演じているものと勘違いしておりました。どちらかというと、同じアルゼンチンのRené Lavandの影響を大きく受けているようです。ここで示されるLavandのマジックに対する姿勢については、非常に興味深いものでした。彼もどちらかというとRealistic Magicに近い部分がありますが。ぜひこの部分はこのインタビューをご覧ください。
※Fictional Magicについてはどこかでまとめたい
お気に入りのトリックの紹介
最後に、私が好きだったトリックを紹介してレビューを終えます。Eureka!は結構有名かと思うので、割愛。
ベアニキアーカイブのリンクもおいておきます。
Outstanding
Out of this worldをパーラーでやろう、という試みに対する一つの解答。このプロットでよく論点になる、ガイドカードの交換もなく、非常にスッキリとしたマジックになっています。手法はダイレクトなものの、演出で使用する小道具が現象をさらにはっきりさせると共に、その手法をカバーできるようになっている、という賢い解決策を提示してくれています。
実際に自分が演じるとなると、色分けをするくだりが少々グダリそうだな、と思いながらも、賢く演者負担もかなり少ない改案になっているため、レパートリーを探している方には良さそう。
Vernetより単独で販売されています。
Two and a Half
カードアクロス。カードアクロスはパーラーで演じられやすいトリックですが、余計なものを削ぎ落としつつ「カードが移動している」という現象をしっかりと意識させる、という点に注力した作品。タイトルの通り、2枚と半分のカードが移動します。サインカードはなく、カードの同一性というよりは移動したという事実を「半分」のカードを使用して強調しつつ意外性を付与しているのが興味深い。実際、どういうリアクションをお客さんから得られるのかが気になります。
Hi Germain
パーラーのカードマジックにつきもののワイングラスを使ったカード当て。ジョーカーが2人の客の選んだカードに次々とワイングラスの中で変化します。非常に構造はシンプルですが、現象自体は鮮やかなので、オープニングにさらっと演じるのが良さそう。トリック自体はそこまで面白みはないものの、ここで語られるAlfonsoによるワイングラスを扱う上でのtipsが結構役立ちます。小さなミスを減らすためのプロ仕様。
全編通して、あんまりネガティブなところがなかったかなぁ。動画も見たい、という欲張りなリクエスト程度でしょうか。
スローペースながらもレビューはちゃんと続けたいなぁ、そんな2023年度のはじまりです。(あと地味に毎回レビューが長くなりがちなので短くコンパクトにしていきたい。)応援よろしくお願いいたします。積読解消するぞ、おー!