「ガンプラ」と私
私はガンプラが大好きです。今のこのご時世外出が自粛される中、元々のモデラーの方、リターンモデラーの方、知り合いに勧められ新たにガンプラを始めれる方、色々とお見えになられると思います。
ガンダムアニメが好きな方ほど、ガンプラが好きなのはごくごく自然な流れかと思います。
ただ私にはガンプラに関して致命的な問題点があるのです。それは….
ガンプラを作る事自体が不可能。
理由は身体的な事です。利き手の指がやや不自由なのです。ハサミやニッパーを握ってランナーからパーツを切り離す作業も難しいのです。
私の指の件は先天性の物ではなく、恐らく仕事で指を酷使し過ぎたいわば職業病と思われます。
このような状況に計らずも陥ってしまった場合、ガンプラ好きの方はどうなされますか?
「手や指が不自由になってしまったらガンプラは諦めよう」「他の何かの趣味に変えよう」等々。
…正解だと思います。
今まで普通に出来たことが出来なくなる… それは真っ暗闇の中、手探りで恐る恐る進むような物でした。
私はその症状になってしまった時いっとき、虚空の暗闇の海を漂流してしまいました。
暗中模索の中、この私に何が出来るかあれこれ考えました。答えは…
作る楽しみが出来なければ見る楽しみを作ればいい。
に至りました。そのためにガンプラに何かポーズをつけよう。なるべくオリジナルティを出して…
ガンプラのポージング作業自体に細かい指の動作は必要ありません。必要なものはその機体に合うイマジネーションと閃きです。
これは私に向いていました。一つの事に没頭出来ました。
自分の性格や性質もポージングに投影しています。待ち構えるのではなく前へ出る、打って出る姿を表現しています。
複数の人脈やツテにより完成品のガンプラを入手します。
これは私のこだわりですが、「完成品のガンプラ」としては見ず「魂を込め、刻んだ芸術品」と常時見ています。
ですからそれぞれの作品に私の魂も込めたいのです。
ディスプレイ
ガンプラをディスプレイする際に2枚の鏡を挟み込み合わせ鏡にしています。
これは馴染みの床屋さんに行った時の事です。散髪の最後の仕上がりに頭の側面や背面を合わせ鏡で見せてくれます。その刹那…
「あっ、これは!?」
頭に電流が走り目が見開く程の衝撃が走りました。
「ガンプラを合わせ鏡でディスプレイすれば普段見えない側面や背面が一目で見れるぞ!」と…
結果は大成功でした。一目で全体図が見れるため、ポージングの幅も大幅に広がりました。
私の中の何かが変わったと確かに感じました。ガンダムSEEDの光る種が弾けたように…
撮影
カメラアングルも私なりにこだわっています。
現在週に1〜2回Twitterにポージングしたガンプラを投稿しています。1回の投稿に4枚程の画像をあげます。
この1ショット撮るのに平均20〜30枚撮影します。この枚数の中から気に入った1枚をピックアップします。気にいる画像でなければ自分に納得出来るまで何十枚も、更に何十枚も撮り直します。
たかが「ポージング」されど「ポージング」自分色を表現したい。
ガンプラに限らず私は私自身に対して「妥協」や「言い訳」「いい加減(ファジー)」は嫌いな性分です。自分が納得出来るまで強引でも前に進むだけ。後ろは見ない、立ち止まらない。
好きな事。私に出来る私なりのガンプラ道、これからも続けて行こう。
他人からどんな避難や批判があっても構わない。
幕末の志士 坂本龍馬 十六歳の時につくった和歌を借ります。私の心境は正にこうです。
「世の中の人は何んとでも言わば言え 我が為する事我のみぞ知る」
同じく英国のロック歌手、ジョン・ボン・ジョヴィの曲名を借ります。
これがわたしの「It's My Life」
一つの事しか出来ない不器用な人間なのだから…
例えどんなに狭く、窮屈であったとしても私は生涯求道者の心得であり続けたいのです。
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