
思い出すと気になる
日曜のスーパーは
家族連れの来客が増えることを見込んでか
「アイスクリーム全品半額」セールをやっている。
冷凍ショーケースの前を通りかかったとき、
その淵にもたれかかるようにして
中の商品を覗き込む6~7歳くらいの男の子が
「このアイスクリーム、おいしかった~」
と、うっとり呟いているのが聞こえた。
その表情がかわいらしくて、
ほほえましいなあと眺めていると
母親と思われる女性がその子に近づいて来た。
男の子はショーケースの中に指を差しながら
その女性を見上げて言った。
「これ今日買った方がいいと思うよー!」
「半額だから買っとこー!」
私は彼の切実なお願いに笑いをこらえながら
「おいしかった~」のかわいらしい独り言で
数年前の出来事を思い出していた。

それは出張で移動のため、列車の時間待ちで
駅の待合室へ入ったときのこと。
平日、早い時間の割に待合室には
思ったより多くの人が座っていた。
私は空いている席に腰を下ろすや
向かいの席に座る男性の姿に視線が止まる。
その男性は60代後半~70代くらい。
Tシャツにジーンズ、白髪交じりの無精ひげ。
頭にはペイズリー柄の赤いバンダナが巻かれている。
何だか昭和のフォークシンガーを思い出させる。
身体の前には年季の入った大きな黒のキャリーケース。
ギターは、、、ないようだ。
男性は腕を組んで首を立てた状態だが、
じっと目を閉じている。
ぴくりともしない。
旅の途中かな?
寝てる?
なんか泉谷しげるに似てるな…
そんなことを思っていると
「う”ぁあ!!」
泉谷さん(仮)は目を閉じたまま
いきなり大きなため息のような唸り声をあげた。
静かな待合室の早朝、そこに座る人々は
まだ起き切らないけだるさを漂わせていたが
泉谷さん(仮)の声に
一斉に顔を上げ、彼の方へ視線を向ける。
当の泉谷さん(仮)は声を上げたものの
腕組みそのまま、
眉間に少ししわを寄せて目も閉じたまま。
ーーー 何だったんだろう?
気を取り直す感じでそれぞれが
またゆっくりうつむいたり、
軽く伸びをしたり・・・
「あー!うまかったなあぁ!」
再び、唸るように泉谷しげる(仮)、
みんなまたビクッとして彼へ視線を向ける。
全く意に介さない様子で
目を閉じ、腕組みをしたままの泉谷さん(仮)。
今度は誰も彼から視線を外さない。
(次は何を言うんだろうと固唾を飲んでる感じ)
すると、
「あれは、、うまかった~・・・」
かなり感慨深げ。
彼は何かを回想しているらしい。
「うまかった」というのは食べた何かの感想だろう。
恐らく、そのうまかったらしいものを思い出し、
無意識に声が漏れていると思われる。
そしてやはり
待合室の誰もが同じことを想像している気がした。
何がうまかったんだ。
何を喰ったのだ?

そんな周りの期待を感じているわけはないだろうが
泉谷さんはなんと「ヒント」をつぶやく。
「やよい軒も悪くはないんだ・・・あれはあれだ。
いや~・・・でも段違いにうまい!」
公衆の面前で冗談みたいな独り言。
キーワード「やよい軒」
あの「やよい軒」でいいのかな?
もしかして「朝食」?
和食の朝ごはんなのか?

やよい軒よりうまいとは
やよい軒と比較するクオリティなのか?
単に彼のデフォルトがやよい軒か?
大きなキャリーケース、
この時間、ということは…宿泊した宿…?
ホテル?

旅館?

何?
何がそんなに美味しかった?



次のセリフを誰もがじっとうかがう中、
なんと彼はカッと目を開けた。

目を開けただけなのに、
たじろいでさっと視線を逸らしたのは私だけではなかった。
「便所!」
泉谷さん(仮)はおもむろに立ち上がり、
大きなスーツケースを引いて待合室を出て行った。
出題者、まさかの中座により
クイズはあっけなく終了。
彼のいなくなった待合室は
最初のけだるさはすっかり消えていて
不完全燃焼な空気に包まれていた。
あのとき、ともに固唾を飲んで見守った人たちは
私のように今でもふっと彼を思い出して
声に漏れてしまうほど美味しかったものは
何だったろうと考えたりするだろうか。
しないか。。

『思い出すと気になること』
ありますか?
それはどんなことですか?
今日もつまらぬものを必死に書いて
日が暮れてしまった。。
読んで下さり、かたじけない。
では また。