10号オフ会①駅のエスカレーターの真上から本気を叫ぶ
台風9号から10号へのバトンパスに私はまったく気づいていなかった。
ユハコさんからの連絡で10号の存在を知ったのが22日木曜日。
この時点では、四国から近畿方面へ上陸する可能性が濃厚だった。
『私らと一緒に10号も集合するつもりなの⁉』いや、『私たち、10号とオフ会するの?』ってくらい見事な予想進路だった。
陸路も空路も計画運休のニオイムンムン。
こんなときは神頼み。
私とユハコさんはいつもの如く、自分の『龍』にお伺いを立てる。
「そちらにも色々ご都合がおありでしょうから、台風をよこすなとは申しません。文句も言いません。でも、できれば私たち三人が集まることもどうか叶えて頂けないでしょうか」
と。
すると、まるで台風が大きくハンドルを西側へ切ったみたいにその進路がガラリと変わったのが24日頃。すんごい角度で左に曲がっていた。
週が明けて26日には上陸も二、三日ずれ込んでいた。
停滞したまま発達する台風。
何か怪しい10号サンサン…
とはいえ、『龍』に大いに感謝しながら、28日朝(『龍』との約束通り)、帰りは夕刻の切符で往復乗車券を購入し、私は兵庫県へと南下した。
そもそもの流れはのりこさんが京都に来る用事が出来たこと。
「京都ってもしかして、たねさんと近い?」
と、関東圏以外の地理に疎いらしい彼女に訊かれて
「すっごい近いです」
と、即答した。
ホントはちょっとウソだ。峠を越えるし、けっこう距離がある。
がしかし、「心の距離」はウソじゃない。
でも観光客の多い京都大阪は避けようってことで、三ノ宮で集まることにした。ここだとユハコさんがすぐ近くだから、ママのユハコさんがせっかくの時間を移動に使わなくて済む。
私の乗った特急は定刻で到着。
改札口にはすでにユハコさんが待っていた。
遅延が多発している新幹線で来たのに「遅れがどうのって言ってたけど、何か、時間通りに着きました~」
と、到着したのりこさんとも合流。
ユハコさんはスポーティカジュアルなTシャツとパンツにキャップを被って活動的なママって感じ。
のりこさんは南国のビーチでカクテルあおってそうなパッションカラー5色のワンピース。
私はガーゼの白シャツにベージュのパンツ、カゴバッグを肩からかけてこれから「疎開」か「闇米を仕入れに」行くのか?みたいな。
(ちなみにこの「疎開風」と言って笑ったことが後に苦笑いに変わる)
こんな、サンサンじゃなくて三人、無事に会えたことにカンパイをして、昭和歌謡がループする洋食居酒屋にて昼飲み開始。
吉田拓郎やハイファイセット、郷ひろみに桜田淳子など、懐かし過ぎるナンバーをBGMに、テーブルには黒胡椒の効いたポテトサラダ、熱々鉄板に卵を敷き詰めたスパゲティナポリタンにエビフライ。
それをつまみにキンキンに冷えたグラスをあおる。
いい大人なので控えめに言うが、「まじサイコー!」である。
初めて会うのに、ぜんぜん初めてじゃない気がするのはやはりnoteから伝わる情報がそれだけ濃いというか、その人自身を読み取っているからなんだろうなあと思う。
会った瞬間から喋りまくる。
初めて会ったのに「そうそう、だからねぇ」と、いつぞやからの続き、みたいな会話。
そうして、ひとまず一杯目のグラスを空けてからのお土産交換。
オシャレなフィナンシェにオシャレなミスト。
嬉しい反面、彼女らのオサレが過ぎるお土産に、手渡すのが気おくれしてしまったが、おそるおそる取り出した私の二人へのお土産…
私の住む地域、この時期といえばこれしかない。
疎開風の出で立ちで、カゴバッグをぶら下げている者としてピッタリなアイテムではある。
ソフトボールより大きい、ずっしりとしたその実を二人は悲鳴と爆笑で受け取ってくれた。
「梨が大好きなんですぅ」
のりこさんの無邪気な言葉に≪ホントかよ≫とツッコミそうになった。
だってあなた、オサレなジャズシンガーなんだもん。
が、後にこれが本心だったことが証明される。
さんざん飲んで喋っているうちに私たちはどうやら浦島太郎と化していたらしい。
あの昭和歌謡の流れる洋食居酒屋は竜宮城だったに違いない。
トイレに立って、ふとのぞき込んだ時計の文字盤は、私の帰路の列車時刻をとうに過ぎてしまっていることを知らせていた。
店に入ってからすでに4時間以上経過していることにギョッとした。
私は『龍』との約束を破ってしまったと顔を引きつらせる。
「しょうがないよぉ、わかってくれるよぉ」
のりこさんはアルコールで間延びした語尾で言った。
まあ、確かにどうしようもないので、私は次の便で帰ることにした。
反対方向のユハコさんと改札で別れ、自分の乗り場がわからないのりこさんをホームまで見送ることにした。
「28分発の、この電車ですよ、いいですね?」と、掲示板とホーム番号を指してのりこさんに告げ、「バイバイ」と、手を振りながら私はホームの下りエスカレーターへ。
エスカレーターを降り切って、自分の乗るホームの番号の方向へ向かおうとしたとき、頭上から場にまったくそぐわない単語が響いた気がして振り返った。
「なぁーしぃぃぃぃぃーっ!!!」
振り返って見上げた先に、とんでもなく声を張り上げて私を見下ろすのりこさんがいた。
え? 何? どした⁉
はっとして、自分の手の重みに気づく。
お土産にあげた梨を、荷物の多いのりこさんの代わりに自分が持っていたことを、私はすっかり忘れていた。
「のりこさん、乗り遅れちゃうよ!」
降りて来ようとする彼女を焦って止めようとする私。
「いーの!いーの!」
のりこさんはゲラゲラ笑いながらエスカレーターを降りて来ると、私から梨をガシッと力強く受け取った。
その握力に梨への本気度が伝わった。
乗り遅れないようにと、慌てて上りのエスカレーターへ押し込むようにしてまた見送ると、私はようやく自分の乗り場のホームへ向かった。
ホームに上がると、見覚えのある車体が目の前にいた。
あれ?
ちょうど出発のベルが鳴り終えたところだ。
反射的に飛び乗った瞬間、私の背後スレスレにドアが閉まった。
何と、私の乗る特急も、のりこさんの電車と同じ28分発だった。
私の街へ行く特急の本数は少ない。これを逃すと次は二時間後だ。
あと1~2秒遅かったら乗り遅れてたのかと私は胸を撫でおろした。
が、しかし。
この後、本当に帰れなくなるとはこの時点では知る由もなかった。
いや、違う。
私には予感めいたものがあった。
『龍』に約束したことは守らねばならない。
私のロックなウィンディさんのノリはよく承知している。
≪続く≫