「時空を超えて出逢う魂の旅」特別編 ~琉球⑬~
ノロ(神女)の「光」と、隣国からの仏僧「僧侶」。
龍神の招きで、朝日昇る海近くの御嶽で出逢う。
籠りを終える光の迎えに、「白花」が表れる。
御嶽を去る時が、近づく。
光から、白花が受け取った勾玉。
それは非常に美しく、高貴な光を放っていた。
白花は、困惑していた。
光が自分に、自分の魂の代わりともいえる勾玉を譲ってきた。
玉は魂を持ち、持ち主を選ぶという。
つまり、玉は新たな持ち主として、白花を選んだということだ。
光の身は一体、どうなるのだ。
白花の胸騒ぎは、恐れとなった。
「光姉様。姉様の勾玉、白花は受け取ることができません。」
「ほう。おぬしが散々、所望してきた勾玉だぞ。
赤子の頃からだ。よくこれを口に入れようとして、困ったものだ。
きらきらして、綺麗だから欲しいと、いつもねだってきたではないか。
それに白花。我の手からの物を受け取らぬことは、一度もなかったぞ。」
「はい、いつも光姉様は、たくさんのものを白花にくださいました。
全て、有難く受け取ってきました。とても嬉しかったです。
でも、これだけは。やはり、受け取れません。」
「白花、我から与えた物は、『我のもの』でないぞ。
この世の物、人、自然。あらゆるものは魂を持ち、誰からも所有されぬ。
”たまたま”我の近くにあった物が、お前のところに行くべく、
我の手を借りたまでよ。」
白花は、いつの間にか、光からの勾玉を握りしめていた。
「わかりました、それでは、白花がお預かりいたしましょう。」
「白花、悟れ。
その勾玉はおぬしを、主人と選んだのだぞ。
勾玉に相応しき者である自らを誇れ。」
次に光は、僧侶と向かい合った。
僧侶は、光と向かい合っていた。
二人は、同じことを考えていたのだ。
”思い返せば、この御嶽に来た時。
普段の装束、装飾品、供の者、日常の勤め。社会のしがらみ。過去未来。
ありとあらゆる枷から、解き放たれていた。
私という魂ある、只の一人間でしかなかった。
何も持たない自らは、ここで、生きながら光となり、
今は全てを、手にしてしまった。
これまで自分を捕らえていた枷は、生きる上で必要なものなのか。
否。
それを、知ってしまった、終に。”
二人の沈黙を、白花が遮った。
「光姉様、僧侶様。もう一度、申し上げます。
お二人には、お幸せでいてほしい。どうか、この先は・・・」
不意に白花を、光は、強く抱きしめた。
そして、静かに洞窟の壁に背を向けて座り、告げた。
”僧侶様、白花。出立の刻でございます。
どうぞご無事で。龍神様のご加護が、ありましょうぞ。”
それきり光は、僧侶と白花に、二度と面を見せなかった。
光満ちていた海を、いつの間にか墨色の雲が覆い始めた。
それは、龍神の取り計らい。
白花は意を決し、立ち尽くす僧侶を素早く促し、御嶽の外へ導いた。
その刹那、雷が起こり、空より大粒の雨が降り出した。
突然の暴風雨に、野良にいた民は皆、慌てて家屋に入ってしまった。
今だ。
白花は勾玉を握りしめ、導きのまま躊躇なく、僧侶と共に走った。
白花と僧侶が出た後。光はすぐ、立ち上がった。
そして、微かに陽が照らす方向へ、駆け出した。
龍神は、光の行く手を、すでに土砂降りで人払いしていた。
白花よ。どうか許せ。
光姉様は、お前に最初で最後の偽りを語ってしまった。
我は、屋敷には戻らぬ。
しかし、我はおぬしを一人にはせぬぞ。それは約束しよう。
僧侶様、どうかご無事で。
仏様のお導きのままに、民に平安をもたらす大役、全うされますよう。
光は、ひた走りに走った。
行く先は決めていた。
大主と何某の手が、簡単に及ばない場所。
そこは、僧侶様の出身の隣国に面している、美しい夕陽落ちる地。
雷が轟く中、雨と泥にまみれても。
空からの閃光に照らされた先へ、光は進んだ。
行く手はどこまでも、滝のような雨。
何も見えない。しかし、走り続ける。
光が目指す地に辿り着いた時、雨が止んだ。
辺りは、人影もなく、静まり返っている。
星はもちろん、月もほとんど出ていない、暗い空の下。
光は、導きのまま、歩んだ。
とうに忘れていたはずの、幼き頃を思い出す。
子どもの体でありながら、子どもでいれたことが、全くなかった時代。
神の導きで、大主の養女になったこと。
王国内の女性の中で、一番の権力と財力を誇っていても、
幸せを感じて生きたことの無い、大主。
豊穣な作物が取れる田畑に囲まれた、豪奢な屋敷の中は、殺伐とした世界。
不思議な縁で姉妹となった、白花。
白花、安心するがよい。我はいつまでも、お前を守り続ける。
ノロとして生きた日々。
神々に護られている、この美しい地。
僧侶様。
龍神に護られし君よ。
貴方様を心から尊敬し、お慕い申し上げておりました。
墨色の夜空の下、岬の先に立つ。
光は、漆黒の海を真っ直ぐ見つめた。
これから我は、有難き縁談を受ける。
清い体のまま、神々と永遠の契りを交わす。
光は、海へ、身を投げた。
(次編へ続く)
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