健康で文化的な最低限度の生活
すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
この憲法の条文そのままタイトルに引用した漫画の話です(現在9巻)。ドラマ化もしたとか。
生活保護者の自立を支援する「ケースワーカー」の新人義経えみるの奮闘物語、そして生活保護に身を置く人々の物語。
生活保護の実態も知れるし、対人の仕事ってこういう怖さがあって、それでもこんな喜びがあったりもするよね、というのが新人目線で描かれていて、刺されて励まされるお仕事漫画でした。
今日はその感想を。
支援のむずかしさ
まず思ったのは、「支援」って難しいよな、、ということ。
この漫画で登場する生活保護受給者は、生活保護を受けていることを恥じていたり、役所の人間のことを保護を打ち切ろうとしている敵だと感じて心を閉ざしていたり、自分の人生を投げやりになっていたりする。
対してケースワーカーにとっては100件以上抱えているケースのなかの一つであって、悪気なくても自分の常識や立場で決めつけたり押し付けてしまい、こじれてしまうエピソードがいくつもでてきます。
一人ひとりに事情があって、杓子定規で正解の対応はない。何をしてあげるべきで、どこから見守るべきなのか。一人ひとりを理解して、関係をつくるのはなんて難しいんだろう
選択肢なんてほとんど残っていないように見えても、決めるのは本人。「こうするしかないから!こうしましょう!」なんて言ってはいけない。こちらができるのはあくまで「支援」だけ。
これ、生活保護支援に限らず対人の仕事とか、ひとのためになにかするとき全てにおいて大事なことだよな…と思いました。
すぐそばにある「貧困」
2つめ、この作品は徹底した取材のうえで描かれているそうで、受給者一人ひとりの事情がリアルで丁寧に描かれていて、日頃目にしない「貧困」を垣間見ることができます。
同じく生活保護を題材にした作品で、「護られなかった者たちへ」という小説があります。こちらは社会福祉の負の部分と、福祉の手をすりぬけてしまった人々の話。
生活保護受給件数は増加、財源は縮小、後を絶たない不正受給、そんな中あるおばあさんの生活保護申請が却下された末、餓死したことをきっかけに起こる事件を描いたミステリーなのですが、抜け出せない貧困についてこんなセリフがあります。
「カネがなくなり追い詰められたら、どんなヤツだって盗みを思いつく。ガキだからすぐに捕まる。捕まったら前科持ち。そして前科持ちには真っ当な勤め口がない。また真っ当でない仕事をする。この繰り返しだ。」
幸いにも貧困が身近になかった自分の心の中に、「自分からは遠い世界の話」、「努力すれば貧困にはならずにいられる」という気持ちは全くなかっただろうか、と思いました。武士の子は武士みたいな時代ではなくなっても、一度陥った貧困から抜け出すのはとても難しい。
上野千鶴子さんの東大入学式の祝辞を思い出します。
あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体を壊したひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
今日自分が貧困と無関係でいられるのは私の努力だけではなくて、環境がよかったから。そして、これから歳をとったり、何らかの事情で働けなくなり、そのとき頼るひとがいなければ、あっさり貧困に陥りかねない(作中で餓死してしまったおばあさんも、昔は看護師として働いていたという)。
貧困は怠慢だとか、一生他人事だと思っていられるような、そんなに遠い世界の話ではないよな…と思うのでした。
長い人生、自分や周りの人が貧困側、取りこぼされる側に回るかもしれない、福祉の問題に無関心でいることは未来の自分の首を締めるかもしれない。
お仕事漫画として
新人あるある
話はえみるが入社(入所?)するところから始まります。この場面、似たような身に覚えある人多いんじゃないだろうか。
このわけがわからないまま対処しなきゃいけない感じとか、
何もかも圧倒的に足りていないのに、一人前の担当者として対応しなければいけない不安とか、
からまわってとにかくへこんだりとか、
あるある、わかるよ〜そうだよね〜〜と、社会人歴の浅い私はとにかく胸が痛い。
仕事と真剣に向き合うって、
保護家庭の高校生がバイト代全額徴収となってしまうエピソードがあります。やりたいことを見つけて、それにむけてお金をためて、荒れていた少年がようやく立ち直っていった矢先の出来事。
この漫画は感情の描写がすごくて、登場人物から押し寄せる感情の熱量に読んでてくらくらする。「普段穏やかな人でも、お金がかかっている時は怒ることがあります。生活がかかっているんですから。」生活保護ってその人の生活を握っているようなもので、取り繕わない感情をぶつけられてしまう、本当に大変な仕事だな…。
本気の怒りの矢面に立つのって、本当に怖い。それでも大人や社会から心を閉ざそうとする少年をつなぎ止めようと必死に言葉を尽くすこの場面、すごく感動します。えみる、よくやってるよ、、!
えみるは「自分は空気が読めない」「人と関わることに向いていない」というのをコンプレックスに感じているけど、不器用なりに一人ひとりと向き合う手間は決して惜しまない主人公。
中盤からは、そんな姿勢に信頼を寄せるひとが増えていきます。これは対象者からの感謝の手紙に涙するシーン。
懸命に働くって、本気で人と向き合うってこういうことなんだろうなんだろうな…なんて思いました。
今は「力の限り仕事にとりくむ」というより、スマートにこなすのが正解だよね、という空気があって、それは悪いことではないけれど、「うまく回すこと」ばっかり上手になっていくことに虚しくなるときがある。仕事に全力で誠実に向き合っていたら、ついてくるものはあるし深い喜びもあるのかもな、、と(願いも込めて)思いました。
仕事に本気で向き合いたい人や、人に深く寄り添いたいという気持ちがある人には強く刺さる漫画なのではないかと思います。
お仕事漫画としても励まされるし、福祉や生活保護についても知ることができる漫画でした。
新刊9巻でえみるは3年目になり、もう新人じゃないという自負と実力がかみあわないことや、このスタンスで仕事続けていいのか?という悩み、これまた刺さりすぎて痛い、、。9巻からは「住まいの貧困」について。続きが待ち遠しいです。