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欲しいものは本だけ

物欲がない。ブランドもののバッグや靴、洋服、装飾品などが必要な生活をしていないし、特に「ほしい」という気持ちも湧かない。歩きやすい靴、着ていて楽なトップス、ズボン、大容量のリュック。それらがあれば十分に成立するフレームの中で生きている。

1年のうち9ヵ月くらいは何かしらの花粉症で、外出時はだいたいマスクをしているから特別な化粧品はいらない。私の唇の皮が剥けないリップについぞ出会えなかったため、それももう放棄。ついでに目の上や頬に色を差すのも別にいいや、となってきた。

すてきな食器やインテリア、より便利な家電製品。あえて買わなくても今あるもので十分。

欲しいものは本だけだ。読みたい本は毎日増える。本にだけ発揮される物欲がどんどん気持ちを急かす。あれも読みたい、あれは読まねば、あれは無条件に買う…。

もちろんその分どんどん読む。読みたい本に囲まれ、いつでも手に取れる日々は幸せだ。家の中をうろつく時も、外出時もだいたい手には本を持っている。

今日は最近読んだ本を何冊か紹介したい。共同運営マガジン「いりえで書く」の9月のお題でもあるからだ。

わたしの中の黒い感情

憎しみ、羞恥心、疑心、絶望…。誰もが持っており、一般的に忌避される「黒い感情」の数々。覆い隠そうとしても消えることはなく、時に人間関係や自分自身を壊してしまう。

本書は、著者が自己防衛のために自分の感情を客観的に捉えすぎていたと自覚するところから始まる。自分の弱さ、脆さを直視したくなくて、何ともないかのように見て見ぬふりをしてきた感情。

しかしいったん底に落ちたことで、蓋をしてきた感情にゆっくりと手をのばし始める。そうして気づいたのは、どの感情も、角度によっては色合いがまったく違って見えてくるということ。

「よい感情」と「悪い感情」が分かれて存在するのではなく、解釈によって意味が変化する

本書より

読み手に寄り添いながら、こわばりをやさしくほぐし、微細な感情の揺れを受け止められる心を作ってくれるエッセイ集だ。心理学の用語も無理なく引用されており、「そういう解釈もできるのか」と興味深く感じる部分が多々あった。

10代からの文章レッスン

日常的に文章を書いている15人の著名人たちが明かす「それぞれの書き方」。文章を書く前の準備、考えを広げる方法、ネタの探し方、実際に書き進めるコツや心構え、技法…。

面白いほどに毛並みの違う文章が並ぶ。これだけでも勇気をもらえる。もっと自由に書いてみよう。こんなことも書いていいんだ。そんな感覚まで言葉にできるのか。

個人的には、以下の部分を読みながら、この共同運営マガジンの母体(?)でもある「書くこと」に関するお喋り会のメンバーたちの顔を思い浮かべた。

書く人をまわりに増やそう
(中略)うまく書けない、書き続けられない、という人には、文章を書く仲間を作ることをすすめたい。
(中略)何より、「文章を書いてる」という話をしても、特別扱いされない、というのがいい。
(中略)あと、書く人がまわりにいると、文章とどのような距離感でつきあえばいいか、という姿勢を学べるのも大きな利点だ。
(中略)書くときのスタンスは、言語化しにくい部分も多いので、ある程度の時間を一緒に過ごしてみないとなかなか知ることができないものなのだ。

本書より

(中略)ばかりで細切れにしてしまったので、興味がある方はぜひ本書を手に取って読んでみてほしい。

仕事の喜びと哀しみ

最近かなり積極的に韓国文学を読んでいる。韓国文学は読めば読むほどその味が分かってくるというか、癖になる魅力を持っていると思う。もう何人かお気に入りの作家もいる(いりえの常連さんやフォロワーさんは、チョン・ヨンジュンという名前を聞いたことがあるかもしれない)。

だいたいはその作家の本を数冊くらい読んでじわじわと好きになるものだが、一冊でファンになってしまった作家もいる。それがチャン・リュジンさんだ。

タイトルにある通り、働く人々の悲喜こもごもを描いた短編集。1986年生まれの作家は自身も会社員として働く傍ら、これらの物語を書いた。業務遂行の裏で感じるやりきれなさ、小さな達成感、怒り、連帯。さらには仕事を通して出会う人物のちょっとした仕草や態度がリアルに描写されている。

かといって息が詰まるのではないから不思議だ。文章はどこかあっけらかんとしていてユーモアが漂う。私のお気に入りは、フリマアプリの開発者と利用者の交流を描く表題作「仕事の喜びと哀しみ」。

リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ

父親の仕事の都合で約二年半マレーシア生活をした沙弥。日本に戻ってきて自分に言い聞かせたのは、絶対に浮いてはいけないということ。友達ができなかったりいじめられたりするのは嫌だから。

そんな沙弥は、よりにもよって周囲から浮いている佐藤先輩に目をつけられて、毎週木曜日の放課後を共にすることに。目的は吟行(ぎんこう)、短歌の種を見つけるお出かけのことだ。

沙弥は、どうして自分が選ばれたのか疑問に思う。しかも短歌なんて詠んだこともない。しかし、勢いでマレーシア語の単語を織り交ぜた短歌を口にして、少しだけ心が軽くなったことに気がつく――。

リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュという呪文のようなタイトルの意味は、マレーシア語で「5・7・5・7・7」。作中に出てくる短歌はどれも新鮮に響く。

31文字という短い文章でも、ときに驚くほど細やかに、そして奥行きをもって心を表現できることがある。短歌の面白さにも触れられる児童文学。

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9月は他にも色々な本を読んだが、書き始めるのをギリギリにしてしまったせいでそのままタイムオーバー。月をまたいだのでこの辺で。

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