深夜のB’zが奏でるPretender
カラオケが好きだ。
一人で行くこともあるが、友人や知人と行くのも楽しい。
場を盛り上げるために歌う人、自分に酔いしれて歌う人、他人に寄り添うように歌う人、他人を見て喜んでいる人、歌わずに裏方に徹してくれる人…
そんな多種多様な個性が集まれば謎の一体感が部屋を満たし、不思議な感動に包まれることすらある。
誰かの感性に触れることができるあの空間がたまらなく好きだ。
気付けば私の人生にはいつも傍にカラオケがあった。
その日も例外なく、友人と飲んだ帰りにカラオケへ行くことになった。
久しぶりに会ったということもあり、楽しい気分に浸っていた私は終電を逃したのだ。
付き合いの長い友人はさも当たり前と言わんばかりに周辺のカラオケ店を探してそこへ向かった。
いつもながらその背中に惚れ惚れする。「愛してる」と言ってしまえば冷たい視線を浴びることはわかっているので、念じることで解消することにした。
部屋に入ると、さっそくヘビーメタル調の激しい音楽が響き渡る。
儚げで愛らしい雰囲気をまといながら、マイクを手にした途端に野太い雄叫びを上げる彼女が好きだ。仮面の下に潜む勇ましさをいつまでも忘れないでいてほしいと願いながら、私は切ない恋の歌を検索した。「選曲が乙女なのウケるw」とよく言われるので、いつか『Real Face』をイキに歌い上げたいと思っている。恥ずかしながら舌打ちだけはプロ級だ。
お互いの趣向をぶつけ合っているうちに、時間は刻々と過ぎていく。
ピーク時には大騒ぎだった店内も静かになり、窓からうっすらと光が差し込んできた頃。
「もう終わっちゃうね」
とても寂しそうに、友人はその外見を存分に生かした儚げな表情をもってそんなことを呟いた。長年の付き合いの中で、彼女が私との別れをこんなにも惜しんでくれたことはなかった。
(抱きしめたい…!)
目頭が熱くなった私は、この感動をどうにか体現したいという衝動に駆られた。ズルい。こんな表情をされたらひとたまりもない。きっとこうやって周囲の人間をたぶらかしているんだな、悪女め!
マイクを振りかざして絶叫する彼女の姿など頭から抜けおち、これからはこのか弱い生物を私が守っていかなければ、という謎の使命感すら生まれた。
「仕事やめたいと思うけど、やりたいことが見つからない」
暴言すら受け止めてやろうと熱く手を伸ばした瞬間、彼女は続けてそんなことを言った。
驚いた。付き合いは長いものの、そこまで深い話をするような間柄ではなかったので、彼女がそんな葛藤を抱えていることなど知る由もなかった。
よこしまな衝動に溺れていた自分を猛烈に恥じた。
その後、彼女と少しだけ人生について語ることになった。
一言二言の数少ないキャッチボールだったけれど、阿吽の呼吸というやつだろうか、それで充分伝わったような気がした。
東京砂漠にそびえ立つこのビルはなんと意義深い場所なのだろうか。今日この時、他の誰でもなく彼女とカラオケに来られてよかった。
私は熱い感動と少しだけ寂しい気持ちを抱えながら、お会計に向かうべく伝票を手に取った。
『グッバイ!!!』
しんみりとした空気をつんざくように、突如としてクセのある力強い声が響き渡った。その独特な歌い方と伸びのある太い声は、レザージャケットの似合う某国民的歌手を彷彿とさせる。同時に、なんとも言えない違和感に戸惑いを隠せない。
私と彼女は顔を見合わせた。
そうだ。これは『Pretender』だ。
それを理解した瞬間、私は笑いが止まらなくなった。
こんなにも生命力に溢れて、悲哀の欠片もない『グッバイ』を聞いたのは初めてだ。今の私達に相応しいエンディングテーマだと思った。
『グッバイ』はお別れではなく、迷いながらも明日へ歩みを進める私達への力強いエールなのだ。私は曲が終わるまでに何度も聞こえてくる『グッバイ』に、自分の声を重ねながら部屋を出た。
歌声の主は隣室の男性で、顔も見ていない。きっと、前向きで明るい心の強さを持った人なのだろうと想像している。
カラオケは偉大だ。
今も東京砂漠にたたずむビルを見上げる度、あの日の思い出と『グッバイ』が私の背中を押している。
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