精神科病院で生じた身体合併症に対して、家族が感じる思い
私は精神疾患を抱えた妻と一緒に生活をしています。妻は時々調子を崩し、入院が必要になることもあります。コロナ禍の2021年春、3か月間の入院を経験しました。精神症状に対しては手厚い支援を受け、無事に退院することができたのですが、入院中に生じた肩の痛みについてはフォローが十分にされていませんでした。
精神科病院では、近年、身体合併症を抱える患者さんが増えてきており、取り組みが迫られています。しかし実際の治療現場では、身体疾患に対しては躊躇してしまう傾向があるようです。
本記事では、精神科病院で生じた身体合併症に対して家族がどのような思いを感じるかについて、私の体験を元に整理していきます。
1.妻の入院と肩関節周囲炎
私の妻は双極性障害Ⅰ型という精神疾患をもっています。双極性障害は、激しい躁(著しく気分が高ぶった状態)とうつ(著しく気分や意欲が低下した状態)を繰り返す病気です。Ⅰ型の躁状態は、日常生活に大きな影響を及ぼすことがあり、入院加療が必要になることも多いと言われています。
コロナ禍の2021年春、妻は躁状態に陥り、3ヶ月間の入院を経験しました。そのうち当初の1ヶ月半ほどは、不意に大声で叫んでしまったり、自由時間には何度も何度も自宅や私の携帯に電話をかけ支離滅裂な言動を繰り返すなど、興奮した状態が続いていました。そのため、この期間は保護室での隔離が行われていました。後々、主治医に確認したところ、精神運動興奮のために着替えや入浴ができないことがあり、看護師さんに介助をしてもらうことがあったようです。
その後、治療が奏功し精神的な落ち着きを取り戻していきます。家族への電話は頻度が減り、会話の内容は具体的でまとまりがあり、私の仕事や子どもの学校生活などに配慮ができるようになっていきました。入院中のリハビリテーションとして、作業療法に参加していることも教えてくれました。革細工やビーズ細工の作業をしたり、集団で院外に散歩に行ったり、時にはカラオケでストレスを発散していることなどを話してくれました。一方で、精神症状が落ち着き活動性が向上したこの時期でも、病棟での着替えや入浴の介助は続いていました。
精神状態の落ち着きが確認できたので、主治医や精神保健福祉士と相談の下、退院を決めました。退院当日、足取りは比較的元気でしたが「荷物が持てないの」と言われ、理由を聞くと「肩が痛くて上がらない」との返事でした。振り返ってみると、保護室での隔離を受けていた約1月半の間に、肩関節周囲炎(いわゆる四十肩)を発症していたようです。
妻の身体症状を初めて見たとき、私は「ちゃんと身体のことも見ておいてくださいよ!」と、率直に感じていました。
2.「リハビリテーション」に対する精神科病院と一般市民の認識のずれ
日本国内には、1,000以上の精神科病院があり、そのほとんどでリハビリテーションが実施されています。各病院のホームページなどを閲覧すると、「精神科リハビリテーション」に対する説明が記述されていることが多いです。説明に際しては、いくつかの専門家による定義が引用されていることがあります。
アンソニーの定義:長期にわたり精神障害を抱える人が、専門家による最小限の介入でその機能を回復するのを助け、自分の選んだ環境で落ち着き自分の生活に満足することができるようにすること
ウィングとモリスの定義:「精神障害に伴う社会的原因を明らかにし、予防し、最小にすると同時に、個人が自らの才能を伸ばし、それを利用して、社会的役割の成功を通じて自信と自尊心を獲得することを助ける過程」
ベネットの定義:できる限り一般の社会的環境のもとで、精神障害者が残っている能力を最大限に活用して、最高の能力を引き出せるように援助していくプロセス
こうした定義は、精神保健福祉士等専門職の国家試験に出題されるなど、「専門家は知っている」知識ですが、正直、一般市民にとってはなじみがありません。そして当然ではありますが、精神機能へのアプローチを想起させる内容が多くを占めています。
一方で、一般市民は「リハビリテーション」と言えば、杖や平行棒などの補助具を使いながらの歩行訓練や、関節の拘縮を改善させるための運動、筋力を向上させるためのトレーニングや、言葉をうまく話せるようにしたり、飲み込みの機能を改善させるような訓練をイメージすることがほとんどではないでしょうか。つまり「リハビリテーション」とは、いわゆる身体障害領域における「医学的リハビリテーション」と考える人が圧倒的多数です。
精神疾患を持つ人の家族は、互いを支え合う目的で家族会を結成しています。家族会の場では、しばしば「精神科病院に入院したら悪くなって帰ってきた」というようなお話を聞くことがあります。丁寧にお話を伺うと、どうやら精神症状についてはある程度効果が出ているようですが、身体症状への対処が十分にされていないのではと感じることが多くあります。わが家の妻のように、整形外科疾患を合併することもありますし、特に多いのは薬の副作用に対して身体的な手立てが不十分であるように見えることがあります。
もちろん、身体症状に対する手立てが不足していることは大きな課題なのですが、だからといってきちんと効果を出している部分まで、正当に評価されていない側面があることは、とても残念に思います。
3.世界的にも充実している精神科リハビリテーション
「日本は、精神科リハビリテーションが充実している国だ」
実は私はこのように考えているのですが、この意見に対しみなさんはどのような感想を持つでしょうか。
精神医療に従事している支援者の人にこの意見をぶつけると、「いや、自信が無いなぁ」という反応が大半でした。家族会の会員の方々からは、「それは絶対ない」と完全否定されてしまうことも少なくありません。
リハビリテーションに携わる専門職には、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などがあります。精神科病院では、作業療法士が配置されていることが多いです。日本精神科病院協会が平成28年に公表した調査では、会員施設(病院等)に所属する作業療法士は7,066.4名となっていました。世界の精神科病院のおよそ2割が日本国内に集中しているという特異的な要因はあるのですが、それでもこれだけの数の作業療法士が精神科病院で働いているということは、世界的にみてもまれです。
それでは、精神科でリハビリテーションの一環として行われる作業療法の質的側面の評価はどうなっているでしょうか。
私は作業療法士の国家資格を持ち、教育機関で学生の教育に携わっていたことがあります。学生たちが精神科病院に実習に行くのですが、実習後に提出されるレポートには、とても優れたプログラムの提案が記載されていることが多くありました。学生のレポートは、正直なところ実習指導者の力はかなり大きく反映されてきます。レポートで優れたプログラムの提案がされているということは、実習指導者の作業療法士の考え方が優れているということと同義です。実際、実習地を訪問して指導者の先生方とお話をさせていただく機会もたくさん経験しましたが、優秀な方々がたくさんいらっしゃいました。
研究的な取り組みでも、作業療法の効果は証明されています。統合失調症や双極性障害では、入院中に作業療法へ参加していた人たちは、退院後の社会生活への参加頻度や質が向上しているという報告があります。
作業療法士は往々にして、社会へのアピールがとても下手です。精神科病院では質の高いリハビリテーションが実践されていますが、残念ながら社会はそれを知りません。精神疾患を持つ人の最も身近にいる家族にさえ、情報が行き渡っていないことを、とても残念に感じています。
4.身体合併症に対するリハビリテーションの課題
近年、精神科病院に入院している患者さんの高齢化が進行していると指摘がされています。入院患者のうち最も数が多い年代は、60歳代と言われています。人が年齢を重ねていくにつれて、さまざまな身体症状が現れてくるということは想像に難くないと思います。職能団体である日本作業療法士協会の調査では、身体機能訓練が必要と思われる患者さんが「年々増加」しているとされていました。
前項で記載した通り、多くの精神科病院にリハビリの専門職として「作業療法士」が配置されています。しかし、精神症状への優れたアプローチが実践されている反面、身体疾患に対しては尻込みしてしまうことも多いようです。経験豊富なセラピストでさえ、「身体へのアプローチの仕方を忘れてしまって、介入に自信がない」などと感じていることがあるようです。
こうした中、令和2年度の診療報酬改定で、精神科病院において加齢等に伴う「廃用症候群」や、骨折などの「運動器疾患」、脳卒中をはじめとした「脳血管疾患」などに対する、身体機能へのリハビリテーションの提供ができるようになりました。
ただし、現状では身体合併症に対するリハビリテーションを実践している施設は限られており、その手法も十分に確立しているとは言えません。評価尺度の整理や介入方法、効果判定の方法の確立などが課題となっています。
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