統合失調症の”症状”と運動器リハビリテーション
統合失調症は、大きく分けて「陽性症状」「陰性症状」「認知機能障害」の3つの症状が現れます。本稿では、症状と運動器リハビリテーションの関係について整理していきます。
陽性症状と運動器リハビリテーション
1.幻覚や妄想の受傷機転への影響
統合失調症では、「妄想」「幻覚」「思考障害」などの陽性症状が認められることがあります。
患者さんとお話をしていると、「FBIに監視されている」とか、「命を狙われている」などの被害妄想に基づくであろう訴えをよく耳にします。
周りに誰もいないのに「死ね」と幻聴が聞こえてくるなどのお話も聞きます。
こうした妄想や幻覚は患者さんにとってはとても辛い体験であり、「命を狙われているから、逃げるために2階から飛び降りた」とか、「死ねという命令に従って高所から飛び降りた」などといったエピソードを持つ人は決して少なくありません。運動器リハビリテーションの対象となる患者さんには、こうした統合失調症の陽性症状が受傷の一因となっている人がいます。具体的には、高所からの転落による多発外傷や、リストカットによる手指屈筋腱損傷、縊首(いしゅ・首を吊ること)未遂による頸髄損傷や転落時の上肢骨折などがあります。
2.思考障害の評価
こうした患者さんに実際にリハビリを開始すると、重大な出来事であったのに、案外あっけらかんと、時には笑顔を見せながら状況を説明してくださることがあります。「精神科の治療によって、落ち着いた」と捉えて良いのか、考えさせられます。実際、長い間症状に苦しんでいたけれど周囲から理解してもらえず、身体症状の治療を受ける中で初めて「わかってもらえた」と感じる経験をして快方に向かう方はいます。一方で、統合失調症の症状の一つである「思考障害」、つまり考えのまとまりのなさが生じている可能性もあります。GAF尺度などをこまめに確認しながら、総合的に判断していく必要があります。
3.暴力行為に対する誤解と、リハ介入の可能性
統合失調症は、世間の人から理解されず、偏見が多い病気でもあります。例えば、「統合失調症の人は暴れるのではないか」といった間違った認識を持っている人は、医療従事者の中にも少なくありません。実際には、自分自身を傷つけてしまうことが多く、そのために運動器リハビリテーションが必要になる人が少なくありません。運動器リハビリテーション介入に当たって、患者さんの暴力行為が問題になることはごく稀です。そのごく稀に目にする暴力行為は、「相手に危害を加えてやろう」という理由で生じるのではなく、病状によって混乱を来たし感情が爆発してしまう結果として現れていることが多いです。そうであるならば、感情を発散させてあげることで、暴力行為は予防的対処が可能です。
精神科病院へ入院したばかりで精神症状が安定していない時期には、保護室への隔離や身体拘束が行われることがあります。隔離や身体拘束が選択される状況でも、外傷などの合併症によって運動器リハビリテーションの処方が出されることがあり、ベッドサイドへ伺うことがあります。隔離や拘束は解除しなければ「からだのリハビリ」は行えませんが、その瞬間は感情の爆発が起こりやすい状況とも言えます。例えば、上肢の拘束を外した瞬間は、手が出てきやすいタイミングです。セラピストが顔や胸で受け止めてしまえば「暴力」に見えてしまいますが、クッション等で的を作り、そこへ手を伸ばしてもらうように誘導すれば「ボクササイズ」に意味が変わります。足で蹴り飛ばそうとするような場面でも、セラピストがしっかりと受け止めていれば、単なる「漸増抵抗運動」に意味が変わります。
こうした介入を続けていると、それほど時間をかけることなく、多くのケースでリハビリへの協力が得られるようになります。リハビリへの協力が得られるようになると、日常的なケアにまで効果が波及していくことを経験します。早期からの「からだのリハビリ」介入は、精神症状の安定に貢献できる可能性があります。
陰性症状と運動器リハビリテーション
1.意欲低下や自閉の受傷機転への影響
統合失調症では、幻覚や妄想といった急性症状が落ち着いてくると、意欲の低下や自閉といった陰性症状が前面に出てくることがあります。身体機能面からみると、廃用性の筋力低下が進行しやすい状況と言え、結果的に転倒→骨折→運動器リハビリテーションの処方に至る事例があります。
2.意欲低下や自閉がある人への運動器リハビリテーション
意欲低下や自閉の症状が前面的に表れている人に対しては、「休息」が必要であるとされています。ところで、統合失調症は「脳の病気」なので、休息を求められているのは「脳の機能」ということができるかもしれません。休息期といわれる時期に、身体機能面に関しては「過度な安静」が強いられている可能性があります。
臨床場面では、「休息期」あるいは「回復期初期」に転倒による外傷等で運動器リハビリテーションの処方が出された人や、急性期から介入していている人で経過の中で意欲低下や自閉の症状が表れてきた人にリハビリテーションを実施することがあります。「からだのリハビリ」は身体への負荷がかかるので、「休息」に悪影響を与えるのではないかと発想しがちですが、実際には介入がリフレッシュ効果となり、「休息」に良い影響を与えていると感じることがあります。これも当たり前のことですが、適度な運動は食欲を増進させたり、良質な睡眠をもたらします。
気をつけておかなければならないのは、患者さんご自身が「非常に疲れやすい(疲れを感じやすい)」時期であるので、運動負荷量の調整を丁寧に行わなければならないことです。「からだのリハビリの介入で疲れすぎてしまい、食事が取れなかった」などが起きてしまえば本末転倒です。介入時の血圧や脈拍などのバイタルサインの確認だけでなく、生活全般の参加状況について情報収集しておく必要があります。患者さんの反応には個人差が大きいので、セラピストの経験が物を言う側面があるのですが、気をつけるか気をつけないかで介入効果に大きな違いが生まれる可能性があります。
急性発症の運動器疾患への介入を仮定すると、意欲低下や自閉を来たしている時期は、身体機能回復の面からはゴールデンタイム(最も改善が期待できる時期)と重なっていることも多いです。精神症状の「休息」を優先しすぎると、身体機能面からは後遺症が残りやすくなるというデメリットが生じます。精神面の休息を阻害しない、ギリギリの身体負荷量を設定できるかどうかが最も重要な視点になります。
3.感情の平板化や思考の貧困
陰性症状によって、喜怒哀楽が表現できなくなったり、抽象的な言い回しができなかったり理解も難しくなったりすることがあります。「からだのリハビリ」を担当する理学療法士や作業療法士は、こうした現象は精神症状によってもたらされているのだということを理解しておく必要があります。
ただ、臨床的にはあまり苦労することは多くないかもしれません。精神科作業療法のプログラムなどと比較すると、身体機能への介入は比較的単純な作業(力を入れる、抜く、立つ、座るなど)であることが多く、患者さんにとっては理解しやすい内容であることが多いです。課題への参加状況(作業の速度など)から、感情を読み取ることは、「からだのリハビリ」を担うセラピストが日常的に実践している内容でもあります。
認知機能障害と運動器リハビリテーション
記憶力の低下、注意力の低下、判断力の低下
統合失調症では、認知機能障害が生じることがあります。ただ、身体障害領域を経験したことがある理学療法士や作業療法士であれば、対処にそれほど苦労することは無いかもしれません。
脳卒中に伴う高次脳機能障害の患者さんをみた経験があれば、統合失調症の認知機能障害が日常生活に与える影響の予測は比較的容易です。
身体障害領域では、高次脳機能障害を評価する様々な検査バッテリーを使用するかもしれません。精神科病院では、理学療法士や作業療法士が高次脳機能障害の検査バッテリーを使用する文化があまり無いかもしれません。ただ、心理職が配置されている病院では、WAIS検査などが実施されていることがあるので、情報を得られる可能性があります。
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