見出し画像

芸能人の移籍や独立を商標権で縛ることは許されるのか?~氷川きよしさんやレペゼン地球さんの芸名の話題を例に~

この話題、文春発でゴシップ的な側面が強いので、知的財産の話題として取り上げるべきかどうかしばらく様子見していましたが、意外な論点があって興味深かったので取り上げることにしました。

まず、記事として知られているものはこちら

追いかけるようにしていろんな記事が出ます。

どうも、現在の事務所からの移籍の動きがあるとされている氷川きよしさんの使用されている別名義である「kiina」(キイナ)について、事務所名義で商標登録出願され、登録されれば、この名称が使用できなくなるのではないか?ということが文春の記事には記載されています。

本当にそうなのでしょうか。ゴシップ記事ですから鵜呑みにせず慎重に検討してみましょう。

著名な芸名については本人の承諾が無ければ商標登録することができない

確かにJ-platpatで「kiina」が株式会社長良プロダクション商標登録出願されていることが確認できました。商願2023-59092、商願2023-59093がそれです。指定商品・役務には「音楽の演奏」等が含まれています。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2023-059093/40471FAD37015DC7F104B514DA66D3A48E9E305B823E524D6679D0662B41926C/40/ja

しかし、商標法4条1項8号には以下のような規定があります。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。


八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

3 第一項第八号、第十号、第十五号、第十七号又は第十九号に該当する商標であつても、商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては、これらの規定は、適用しない。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=334AC0000000127

つまり、他人の著名な芸名については、本人の承諾が無ければ勝手に商標登録をすることができません。
その判断時は出願時及び査定時であることが4条3項に規定されています。
一般人が勝手に芸能人の名称を商標登録することはできないようになっています。
この4条1項8号は人格権保護のために設けられたと言われています。

そのため、いくつかの条件を満たした場合には商標登録がされない可能性があります。

①「kiina」が著名な芸名であること

「氷川きよし」については著名な芸名であると思いますが、「kiina」について著名かどうかは正直わかりません。
「国際自由学園事件」では、最高裁は「商標の指定商品又は指定役務の需要者のみを基準とすることは相当でなく、その略称が本人を指し示すものとして一般に受け入れられているか否かを基準として判断されるべき」としていますが、本件においては著名性がどのように判断されるかは不明です。

②査定時に本人の承諾がないこと

有名な「LEONARD KAMHOUT 事件」の最高裁判決文には以下のような記載があります。


8号及び3項の上記趣旨にかんがみると,3項にいう出願時に8号に該当しない商標とは,出願時に8号本文に該当しない商標をいうと解すべきものであって,出願時において8号本文に該当するが8号括弧書の承諾があることにより8号に該当しないとされる商標については,3項の規 定の適用は ないというべ きである。 したがって ,【要旨】 出願時に8号 本文に該当する商標について商標登録を受けるためには,査定時において8号括弧書の承諾があることを要するのであり,出願時に上記承諾があったとしても,査定時にこれを欠くときは,商標登録を受けることができないと解するのが相当である。

https://ipforce.jp/Hanketsu/jiken/no/6155

つまり、8条の趣旨からみて、査定時に本人の承諾がないものは商標登録を受けることができません。

上記の①②の要件を満たす場合には、商標登録を受けられない可能性があります。

問題は既に登録されている商標かも?

上記のように「kiina」については、商標登録されない可能性がありますが、既に登録されている「氷川きよし」商標のほうが、独立する上では障害になるかもしれません。5件ほどあり、登録5605265、登録5605266、登録5605267、登録5605268、登録5605269がそれです。
これらは適法に登録されています。

商標を取り消したり無効にしたりする審判は請求できる理由があるでしょうか?

なかなか難しそうです。上記の4条1項8号については、登録時の不登録要件です。無効審判については無効理由で争う必要があります。
無効理由については、以下のように規定されています。

第四十六条 商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
一 その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定に違反してされたとき。
六 商標登録がされた後において、その登録商標が第四条第一項第一号から第三号まで、第五号、第七号又は第十六号に掲げる商標に該当するものとなつているとき。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=334AC0000000127

ここで、4条1項8号についても、「第四条第一項」として含まれているのですが、登録の時点では適法であったものはこれには該当しないでしょう。
事後的に無効理由に該当することになったものについては、6号に規定されていますが、これには4条1項8号は含まれていません。
つまり、事後的に本人が承諾したくなくなったものについては、無効にできる理由が無いということです。これは思ってもみなかった法の抜け穴のような気がしますが、私が他の裁判例等を見つけられなかった、あるいは不勉強により不知という可能性もありますので、誤りがありましたらご指摘(コメントできない設定ですが)ください。

各週刊誌等から移籍の噂の記事も出ていますが…

移籍したところで、元の事務所に残っている商標権についてはどうするかというのは課題です。

一方で、芸名の使用差し止めが認められなかった事件もあるようです。

これは、契約に関する無効で、商標権との関係については、よくわかりません。

商標権の効力の及ばない範囲というのもある

またまた、商標法には以下のような規定もあります。

(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
一 自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=334AC0000000127

これに照らすと、芸名が著名な場合、著名な芸名を持つ本人が、商標権者とは異なる事務所に移籍したとしても、商標権者から権利行使を受けることはありません。

ただし、本人以外の第三者に対しては権利行使することができます。しかし、本人不在で権利行使するというのも空虚な感じが否めません。

完全に円満な移籍というのはあり得ないかもしれないけれど、移籍先が移籍元から移籍金のような位置づけで商標権を買い取るというのが理想だとは思います。

レペゼン地球はどのように復活したか?

レペゼン地球さんもそのようなトラブルを抱えていたようですが…

話し合いにより、商標権の譲り受けに成功したようです。
商標登録6048309「レペゼン地球」に係る商標権が、移転登録されていることが確認されました。

前川知的財産事務所
弁理士 砥綿洋佑