チベット曼荼羅の世界を歩く
チベット・インド旅行記
#30,カトマンドゥ②
【前回までのあらすじ】遥かなるチベットを目指し、埼玉県からヒッチハイクで旅立った19才無職のまえだゆうき。
念願のチベットを越え、目的を失った旅は、アテもなく漂流を始めていた。
ネパールと一口にいってもそこに暮らす人種や民族は多様で、ネパールの北部、ヒマラヤ山脈寄りのエリアには沢山のチベット人が暮らしている。
チベット人たちは首都カトマンドゥにも大勢住んでいて、タメルエリアにあるチベット様式のお土産物屋さんはツーリスト達にいつも人気だ。
チベットの土産物店には実に様々なお土産が並んでいる。
お仏壇に置いてあるりん(鐘)にちょっと似ている「シンギングボール」。
仏具の定番「数珠」。コイン状の魔除けのお守り「メロン」。手にもってクルクルと回すとお経を1回唱えた事になる「マニ車」。
そんな中でもひときわ存在感を放っているお土産が
「タンカ」(チベット曼荼羅)である。
今から2500年以上前に誕生した仏教。
長い年月の中で様々な流派に分かれ、その教えや修行法も変化や細分化を重ねていった訳なのだけれども、唯一変わらない仏教の目的それは、「悟りを開く」という事である。
少し乱暴な言い方をすれば、滝に打たれる事も、座禅を組む事も、念仏を唱える事も、全ては悟りを開く。という目的の為の手段と言っても過言ではない。
そんな様々な修行法があふれる仏教の中で、タンカ(チベット曼荼羅)というものは、「見るだけで悟れる」をウリにした大変便利なアイテムなのである。(諸説あります!)
旅の目的を見失い、毎日タメルエリアでだらだらしているだけだったその頃の私は、せめてタンカを買って御利益にあやかろうという思いから、色々なチベット仏具店を回ってお気に入りのタンカ探しに熱中していた。
【タンカ】
タンカとは、チベット仏教の教えや世界観を、分かりやすく絵や掛け軸に書き表したものの総称である。
小さいものは額縁に収まるぐらいのものから、大きいものは何十メートルもあるものまで実に様々だ。(巨大タンカのご開帳がお寺の行事で行われたりする)
描かれるモチーフもいくつかあって、代表的なものだと、輪廻転生の世界観を描いたもの、閻魔大王が輪廻の輪っかをくわえているもの、男女の仏が結合しているもの、様々な仏がオールスターで勢揃いしているもの、悟りの世界を幾何学模様で表現したものなどがある。
使われる色、仏の種類、位置などは厳密にルールが決まっていて、基本的にルールに沿って描かれる。
小さな絵筆を使い、何十、何百という仏を掛け軸に描き込んでいく様は見ているこっちが緊張してしまうぐらいだ。
(ちなみに仏教の諸行無常を体現する意味も兼ねて、砂で描かれる砂曼荼羅というものもある。色とりどりの砂を使って何日も何日もかけて描いた砂の曼荼羅を、儀式の後には全部崩してしまうのだ。あぁ、この世は無常なり)。。。
さて、そんなうんちくをダラダラと書き綴れるぐらい、様々なタンカ屋を訪ね歩いた私。
シルクスクリーンで印刷したものであれば数千円~、手書きのマスターピースならば数万円~と色々なタンカが並べられているが、いかんせんグッとくるタンカになかなか出会わない。
タンカは厳格なルールに乗っ取って描かれる為、一枚一枚のクオリティーは安定していてハズレが無いのだが、逆を言えば独創性に欠けると言えなくもない。
そんな風に半ば諦めムードでタンカ選びをしていたある日。
ダルバードをおごって以来、ホテルの前で出待ちをしているネパーリ(ネパール人)のデュランが、街外れにまだ行った事のないタンカショップがあるから行こうと誘ってきた。
二人でカトマンドゥの街を歩く事しばらく。
タメルエリアからかなり離れた地元の路地裏に古びたタンカ屋があった。
店内に足を踏み入れてあっと驚く。
飾られている、壁にかけられているタンカの一枚一枚のクオリティーが桁違いに良いのだ。
色使い。仏の表情の細かな書き込み。幾何学模様の表現。
タンカを販売する土産物屋は、タンカ絵師を抱えている業者からタンカを仕入れて販売する「卸売りスタイル」か、お抱えの絵師を雇って描かせる「スタジオスタイル」かに分かれるのだが、この店はおそらく後者。
よっぽど腕のいい絵師を抱えているのだろう。
うっとりとしながら店内を見て回る事しばらく、一点のタンカが目に止まった。
高さ二メートル横一メートル幅ぐらいの大きな掛け軸のタンカ。
タンカは縦横四つのスペースに区切られ、それぞれのスペースに特徴的な世界が描き込まれている。
画面左上には仏達が住む「天上界」。
画面右上には人間達が暮らす「人間界」。
画面左下には動物達が暮らす「下界」。
そして右下には地獄の亡者達の暮らす「地獄界」。
この世界の理と、輪廻転生の流れを一枚の絵に表現した一品である。
描かれている人間も、動物も、仏も、地獄の亡者も、他の曼荼羅には見られないほどよいディフォルメが効いていて、どこかのほほんとしたテイストが漂っているのがいい。
色合いも、チベット仏教のテーマカラーである赤や金を多用するのではなく、抜けるような水色や黄緑色を使っていて、輪廻転生図にしては圧迫感やシリアス感が無く、いつまでも眺めていられる。
チベット曼荼羅業界のパイオニア的絵師なのだろう、伝統を守りつつも大胆に形を破ってくスタイルに尊敬を覚えた。
さて、一発でこのタンカに惚れ込んでしまった私。店主に値段を聞いてみるとなんと米ドルで八〇〇ドル(約八万円)との事。
流石にそんな大金は持ち合わせていないので値段交渉を試みるも、この店の目玉商品らしく店主も頑なに値段交渉に応じない。
仕方がないので一旦ホテルに帰る。
しかし、寝ても覚めても、昼間みたタンカの存在が頭から離れない。
ベッドに寝転べば四角い天井に、先程までの輪廻転生図が色鮮やかに蘇ってくる。
欲しい!
絶対にあのタンカを所有したい!という欲望がむくむくと膨れ上がってきた。(この時点で悟りの道は程遠い)
それからそのタンカ屋に通い詰める事数日。
粘り強い値段交渉の甲斐あって米ドルにして五〇〇ドル(約五万円)で店主からタンカを譲り受けた。
早速ホテルに戻り、壁にタンカを掛け、一日中うっとりと眺め過ごしていた日々。
それからさらに数日後、カトマンドゥのインド大使館で申請していたインドビザが発行された事を機に、カトマンドゥから更に西の避暑地、ポカラへの移動を決意した。
流石に大事なタンカを持って旅を続ける訳にはいかないので、出発前にカトマンドゥの郵便局から日本の実家宛にタンカを送る事にする。
しかし、これが良くなかった。
郵便局での手続き中、受付のスタッフが筒状に梱包された荷物を繁々と眺め、「中身は何だ?」と訪ねてきた。
「大切なタンカだ」。と答え、受付用紙に英語でTANKAと書き、日本に送った。
それっきり、タンカが日本に到着したという知らせは今になっても届かない。
受付のスタッフか、輸送中の職員か、誰かがちょろまかしたのだろう。
カトマンドゥの片隅で描かれたチベット曼荼羅界のパイオニア的タンカはそうして闇に消えていった。
今も、旅を終えて二〇年近く経った今も、目を閉じればあの抜けるような水色と、ほのぼのとした輪廻転生の世界がまぶたの裏に焼き付いている。
⇨ポカラ編へと続く
【チベット・インド旅行記】#31,ポカラ編①はこちら!
【チベット・インド旅行記】#29,カトマンドゥ編①はこちら!
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