マッチングアプリの女の子1
【日々はあっちゅーま】
#10, アスミちゃん1
真夜中の深夜0時過ぎ。
江戸川を大きくまたぐ妙典橋の急勾配を、息を切らせながら登りきると、遠くにはぽつぽつとハイウェイの灯り、そしてその向こうには真っ黒な夜の東京湾が広がっている。
冬の冷たい風を感じつつ、足を止めずに、さらに下り坂へ向かって駆け出す。
と、ここで一言。
「まえだゆうきのバッキャローーーーーッ!!」
と、さらにもう一言。
「Kちゃん、大好きだーーーーーーっ!!」
はてさて、全くもって近所迷惑な大声をあげながら、ベソをかいて走っているのは、文字通りバッキャローな男、まえだゆうき。
大好きだったKちゃんに、インド料理、ボンベイパレスで撃沈して以来。
毎晩江戸川沿いを走っているのである。
30余年、無駄に生きてきたこんな私だが、一つだけ確信を持って言える事があって。
それは、失恋した時は体を動かすに限る。という事。
そうやって、何もかも吹っ切るつもりで、毎晩、走り始めた所までは良かったのだが。
今回ばかりは、なかなか悲しみがおさまらない。
そうのこうのしている内に、無駄に体力ばかりが付いて来て。
10㎞、20㎞、25㎞と、ハーフマラソンくらい余裕で走れるようになってしまった。
これは困ったと、親友のナベちゃんに西葛西の南インド料理カルカッタで悩みを打ち明けた。
「ナベちゃん、俺、悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない」
「いっそ、マッチングアプリでもやろうかと思うんだが」
しばらく、カレーを食べながら黙って話を聞いていたナベちゃん。
おもむろに口を開いた。
「よし、やろう。マッチングアプリ、いますぐやろう」
さすが心の友、ナベちゃん、話が早い。
そうして早速、南インド料理屋で、名物ドーサとプーリと添え物に、パシャリと写真を撮り。
マッチングアプリ「ティンダー」へ会員登録をした。
ハンドルネームはゆうき
好きな音楽とか、映画の事とか書いた。
持つべきものは友というか、さっきまでの憂鬱な気分もどこへやら。
これから出会うであろう素敵な女性たちに、胸と期待と、鼻の穴を膨らませながら、足取り軽く家路に着く。
ティンダーを立ち上げると、可愛らしい女性の写真が、次から次へと流れてくる。
私は、それを見ながら、1枚1枚、
「好き」「好きじゃない」
「好き」「好きじゃない」
とジャッジをしていくのである。
男性と女性、お互いの好きが重なって、
両想い状態になったら、マッチング成立!
晴れて、メッセージのやり取りが始められるのである。
いやぁ、どうしようかな〜。
こんなに沢山、女性がいて。
あんまり選びすぎちゃ、まずいよな〜。
真剣に選ばないとな〜。
ムフフフフ
一面のお花畑で踊る、アルプスの少女の如く、ワクワクしながら写真を選ぶむさい男。
それから数日後
何かが、おかしい。
一体全体、どうしたのか。
一向に女性とマッチしないのだ。
アプリを起動しても、写真を選び続けても。
一向に女性とマッチしないのだ。
使い方が間違っているのだろうか。
アプリに不具合が起きているのだろうか。
ネットでもう一度ティンダーの使い方を調べていて、はたと手を止めた。
これはもしや。
マッチしないのはもしかして。
女の子が誰一人、
私に好きをしていないから、ではないだろうか?
そんな馬鹿な…。
しかし、そう考えれば、全てつじつまが合う。
いや、冷静に考えれば考えるほど、それ以外の理由は見当たらないような気がしてきた。
誰も私の事、好きしてないのだ。
いまだに自分の事を、宇宙一かっこいい男だと信じ続けているのに。
電車に乗れば、車窓に映る自分にうっとりしているのに。
坂本龍馬がライバルなのに。
そんな私に、誰からも好きが来ないだなんて!
到底受け入れられない衝撃的な事実に、ショックでしばらく立ち上がれない。
思えばこの世の中は、実に残酷な仕組みで出来ているものだ。
マッチングアプリという、一見、誰にでもチャンスがありそうな、キャッチーなサービス。
しかし、実際に恋愛行きのチケットを手にする事ができるのは、
「金」
「顔」
「若さ」
これらのスペックを持ち合わせている、ほんの一握りの男だけ。
好きな音楽が一緒だとか、毎月ユニセフや難民支援に募金してるとか、絵本描いてるとか(むしろマイナス)そんな事はアウトオブ眼中。
全くもってどうでもいい事なのだ。
ナベちゃん、アドバイスありがとう。
インドカレー美味しかったね。
ここは、私の戦う場所じゃなかったよ。
さようなら。
そうして、アプリをアンインストールしようとした矢先。
ピロリン
通知が鳴った
何事かとティンダーを開くと
一度、スマホを置いて、呼吸を整えてから、もう一度ティンダーを開いた。
ま、まさか…。
なぬーーーーーーーーーー!!
ザッパーンと大きなビッグウェーブが、私の心をずぶ濡れにした。
今まさに、常夏の島でEDMかけながら、スマホを片手にダンスしたい気分。
やったー!
マッチしたぞーっ!
俺はマッチしたぞーーーっ!
俺は人間を超えたぞーっ!
ジョジョーッ!
まえだゆうき35歳、独身。
今、目の前で音を立てて、新しい恋の扉が開こうとしていた。
(アスミちゃん2へつづく )