レモンクリームパスタの思い出
こんな時間にお腹が空いちゃって、実家から送られてきた春菊を湯がいてポン酢で食べようと思ったのよ。
こんな時間に(笑)。
しかも春菊かよ!って話だけど(笑)。
で、なぜかふと初めて食べたレモンクリームパスタを思い出したわけ。
地方のとてつもない限界集落気味な田舎で育った私は、大学進学で東京に出てくるまでスパゲッティといえば母親が作るナポリタンもどきか、やる気のないおっさんがマスターやってる喫茶店のケチャップ多めのナポリタンしか知らなかった。
その店は当時の自宅から最寄り駅までの途中にあり、一見、見過ごされそうな小さなイタリアン。
通る度に看板を目にして気にはなっていたけれど、学生の私には分不相応な雰囲気を醸し出していた。
「ここ入ってみたいな」と思った何度目かの6月の昼時、たまたま財布が潤っていた私は勇気を出して入ってみた。
小綺麗なインテリアで、ランチ時には少し早かったからなのか客はまだいなかった。
それが私に安心感をもたらした。
当時の私は田舎から出てきた学生感満載の芋っぽい女の子には千円もするランチは高嶺の花で(笑)、もし、そこに大人の女性がたくさんいたら気が引けていただろう。
信じられないことに当時の私は東京という街に恐れおののいていたのよ(笑)。
カウンター越しのキッチンから怪訝そうな目で私を見るシェフ。
その表情を見てなめられてると感じた私は思いきり背伸びしてみた。
「こんなとこ行きなれてますから」みたいな(笑)。
何を頼むか決めてなかったけれど、季節限定のメニューを見て、すぐにレモンクリームパスタに決めた。美味しそうだった。そして、本当に美味しかった。
こんなに美味しいスパゲッティがこの世にあったのかと心から感動した。
毎日でも通いたかったけれど、いつもは学食の270円のラーメンで済ます私にとって、千円もするパスタはなかなか手が出るものじゃない。だから「バイト代が入ったら1ヶ月仕事を頑張ったご褒美にここでこのパスタを食べよう」と決めた。
それから6月、7月、8月と私は必ず月1でレモンクリームパスタを頼んだ。
9月は野暮用でそのお店には行けなかった。
ただひたすらにあの店のレモンクリームパスタが食べたくて、久しぶりの10月、勇んでお店に入ると目当てのパスタがメニューから消えていた。「あれ?なんでだろう?」とメニューを3回往復したが、やはりない。
水を持ってきたシェフにそのことを聞くと「あれは夏限定なんですよ」とすまなさそうに教えてくれた。
あぁ、そういえばあれは季節限定のメニューだったな、と思い出し、思わず「とても美味しくて、あれが食べたかったんです」と伝えると「すいませんねえ」とシェフ。
「来年もやりますか?」と聞いたらちょっと困った顔をして「材料があれば、まあ」とだけ言ってキッチンに引っ込んでしまった。
レモンクリームパスタだけを月1で食べに来る、いかにもいも臭い私がきっと不思議だったんだろう。きっと今ならあのシェフも全く別の対応をしたに違いない。
秋が過ぎ冬が来ると来年の夏が待ち遠しかった。
でも、結局、私はあの日以来、あの店には行ってない。
翌年の春、私は2年間住んだマンションの更新をせず、もう少し都心に近い所に引っ越したから。
引っ越す時にあの店のレモンクリームパスタを食べられなくなることが残念だったけど、「またいつでも行けるし」と思って25年が経つ(笑)。
あれから大人になり、私もそれなりの都会風なOLになってから、時々、いろんな店でレモンクリームパスタを食べた。
自分でも作るようにもなり、美味しかったけれど、初めてあの店で食べた時のような感動はなかった。薄れたというか。
4年前、世界中でコロナが流行り、飲食店は大打撃を受けたはずだ。
オーナーシェフ一人でやっているようなあの小さな店は潰れてしまったかしら?
春菊を茹でながらそんなことに初めて思いを巡らせた。
今の私を見て、まさかあの頃の女子学生が私だとわかるはずはないけれど(私もシェフの顔を覚えてないし(笑))、また行ってみたいなと思ったり思わなかったり。
きっとこの世にはあのお店よりもっとずっと美味しいレモンクリームパスタはあるはずだ。
だけど、最初の感激を越えることはできないだろう。
初めてってそういうこと。だから初めてを大切にしてあげたい、なんて息子の寝顔を見ながら思う夜です。
春菊は美味しかった。
ポン酢かけすぎてむせたけどね(笑)。