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2018年10月の記事一覧

トリビュート・習作「らりるれりん」

トリビュート・習作「らりるれりん」

 いつの間にか、眠っていて、夢を見ていた。
 とても幸せな夢だったような気がして、少し肌寒い朝に、ぼくは起き出していきたくなかった。身体を丸めて、夢の温もりを急いで抱きしめたけれど、もうそこにはなかった。
 ぼくはきっちり閉じた布団の中へ手足を目いっぱい伸ばして、爪先が出たのを、少し引っ込めた。頭の中はすっきりしていたから、まぶたを開けているのは辛くなかった。
 何の夢を見ていたんだろう?
 ぼく

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掌編 「irodori」

「鳥のついばむ、眼の肉は、さぞ甘かろう。
 肉が、妙齢の麗しい少女だったとは誰も夢見ないが、屍体はとろけた視界で、永遠の国を物語る。瞳はまさに恋をするものの目である。世界は希望の色をしているので、少女の慧眼もおいそれとは馬鹿には出来まい。
 とそこまでを詠嘆した詩人は、まったくの下手である。
 荒廃したもの全てが色を失うと考えるのは、陳腐な灰色の脳であろうが、唄う舌は赫々と燃えるのであれば、空もま

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掌編 「天丼」

掌編 「天丼」

 衣が美味しいんだよ、とソラは言った。ははあ、と受けるのが川島で、ソラは海老フライをほおばった。ソラは海老フライを尻尾まで食べる。ばりばり、と小気味いい音が響いて、川島は水を飲んだ。ソラは手を上げて、追加のオーダーをする。
「天丼」
 衣が美味しいんだよ、とソラは言った。揚げ物ばかりで心配だ、と返すのが川島で、ソラは大きく伸びをした。川島はあくびをして、海老フライへ手を伸ばす。時間が経って、湿気っ

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掌編 「人混みの中の誰か」

掌編 「人混みの中の誰か」

 道をすれ違う。匂いの塊が、道一杯に広がって、思い思いの方向へ歩いていく。甘い香り、酸味の効いた刺激臭、石鹸の脂臭さと花を装う香料。私は、その匂いのどれもを、誰かに似ていると分類していく。友人が好んでつける香水、父の加齢臭、小学校の教師のポマード、私自身。あまりに似すぎたそれらは、私たちの生まれ変わりや、はたまたクローンではないか、なんて、そんなことはあり得ないはずなのだけれど、否定しきれないのは

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掌編 「真珠」

掌編 「真珠」

 鉄道のレールに石を置く代わりに、真珠を置いた。砕ける様は、虹がかかるようだった。列車は何事もなかったかのように、ぼくの目の前を通り過ぎていって、どこかで人を轢いたかもわからない。
 手元には、片方だけの真珠のピアスが残った。もう役には立たないだろうと思った。猫を捕まえて、耳に嵌めてやった。猫の血は甘かった。いや、ぼくの血だったのか? 引っ掻き傷はやたらに痒い。痒いは甘い、と思ったのは本当に無根拠

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