姉(よだれを垂らしながら描く妄想就活)
-どこかの超大手出版社にて-
「次の方どうぞ」
実際こんな病院の待合室みたいに呼ばれるのかは分からないが、とにかく「私の番」がくる。
私は2度か3度、ビジネスマナーとして正しい回数だけノックして黄ばんだドアを押した。
全面ガラス張りの窓を背に、面接官5人が並んでいる。
左から
「眼鏡をかけてメモを取ろうという構えの女性」
「ユーモアのありそうな眉毛をした現場の重役っぽいおじさん」
そして真ん中では「険しい面持ちの若手人事部長」が、組んだ手に頭をもたげさせて左右のバランスをとっている。
その右には「ミディアムショートで前髪をかき上げている敏腕女性編集長(何らかの)」
さらに「面接に一切関心のなさそうなロングヘア&ひげ面の問題児的存在(何らかの)」。
個性的な面々だが、共通して鋭い目の光を放っている。
一瞬ひるむも、足の親指に力を入れて一歩一歩を踏み出した。永遠にも感じられる椅子までの距離を詰め、私は促されるままハッキリと自己紹介をした。
「番号5番、まだねてな姉です。本日はお時間をいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。」
面接官たちを見据えて宣言する。声が裏返っていないことを願うばかりだ。
ところで番号とは何なんだろう、何となく順番早めの数字を胸につけている想定でいるが番号なんてあるのか。囚人じゃないんだから流石にないか? でもジュノンボーイコンテストにはあるんだしあってもおかしくないか?
とにかくなんやかんや挨拶やら緊張しないでやら声をかけられて、それに対し口角を左右対称に上げて頷いたら質問コーナーに移る。
「弊社に志望した理由は?」
待ってました。これを伝えるためだけにここに来たと言っても過言ではない。
「はい、私は大学で様々な個性を持つ学生を目にし、それぞれが同じ出来事について全く異なる表情になることを興味深く感じました。それなのに、彼らは彼ららしい表情のまま御社の漫画をそれぞれの心に寄り添うものとして愛していたのです。
時代に沿った設定で大衆に物語を届け、緻密で繊細な描写でその大衆の多様性に寄り添う御社の漫画に関わりたいと思い、志望いたしました。」
現場重役っぽオジサンのひょうきんな眉毛が上がる。
言えた。私の思いの全てだ。
これさえ言えれば、あとは彼らの望む通りの人材になりきってみせる。絶対に門をこじ開けてやるのだ。
前髪かきあげ敏腕編集長の眼光は鋭さを増し、その後質問が次々飛んできた。
私の長所は一つのことを達成するために粘り強く努力すること。短所は損切り感覚の鈍さ。なんと言っても諦めが悪い。
文章を書くアルバイトを一年間続けており、トレンドを読む力、それを言葉にして人々に「わかる」と言わせる力を養うことができました。
メモを取る女性の手が速まる。
御社で働くことになれば、私の粘り強さで企画の安定感を強め、トレンドを素早くキャッチして持ち込むことで四方八方に展開させる自信があります。
一生懸命働くつもりです。2人くらい辞めてもまわるようになるかもしれません。
5人の動きがピタっと止まる。
「窓際に追い込むつもりで、先輩方の技術を根こそぎ絞り取りたいと思っています。」
それまで音楽でも聴いているかのように目を瞑っていた長髪の男性が、愉快そうな笑い声をあげる。
中心の人事部長は、額の前で組んでいた手を机に置き、前のめりな姿勢になって私に一言問いかけた。
「やる気はあるかい?」
答えは一つ。
「もちろんさ」
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ねっっっっむい。
期末試験を乗り越えたご褒美として湯船にお湯を張って浸かっていたら、いつのまにか冷めきって外に出られない。
寒くてウトウトしてしまう。自宅で寝るな!死ぬぞ!を経験することもあるものだな。人生とはつくづく予測できない。
ぬるま湯の中、眠さと寒さで体が動かせず、ぼんやりした脳みそで宇宙兄弟の薫りだけするみたいなフワフワ面接を生み出してしまった。
こだわりポイントは一番右端の長髪男性。
私の個人的趣向が詰まっている面接官で、入社後思ったようにいかず悩んでいる私の机に変な置物やベロに色がつく飴を差し入れしては悪戯っぽく笑いかけてくれる予定だ。
そして最難関の人事部長が放った決め台詞、「やる気はあるかい?」と私の「もちろんさ」は、幼少期のバイブル「ボブとはたらくブーブーズ」の名セリフだ。普段は柔らかい口調のボブが仲間のクルマたちにピリッとした掛け声をかけるのにキュンときていたものだ。
この人事部長の密やかな楽しみは、ひとり屋上でDIYの動画を見ながら休憩することだ。新入社員の私が屋上に参入してきてからも場所を移動せず、時折ペンキ塗りのYouTuberを見せてくれる。
違う。そんなことはいいんだ。
言っている暇があったらどこかにエントリーしろ!!!!!!!!!!!!!!!
そもそもこの時期に面接のイメージがこのくらいしか定まっていないのはヤバい。
至急大学で模擬面接を受けようと思う。その前にこの寒い風呂からなんとかして出ねば。
明日からはずっと先延ばしにしていたES提出が一気に降りかかってくる予定だ。
とりあえず今私の脳みそはこれだけ涎まみれなのだということだけ把握しておいて、明日からなんとか、自分のお尻を叩きながら、どうにか、、、ね、、、。