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地テシ:285 大阪の散歩2022! 船場・心斎橋篇

劇団☆新感線「薔薇とサムライ2」の大阪公演が無事に終わりました! 久しぶりのフェスティバルホールでの公演が無事に終わりましたよ!
これで富山→新潟→大阪の三都市が終わり、最後は東京の新橋演舞場です。思えば9月の頭から10月下旬まで、随分と長い間旅をして参りました。我々キャストは合間に東京に戻れましたが、ほとんどのスタッフは約二ヶ月間ノンストップの旅です。ご苦労様でした。
そんなワケで随分と長い旅公演となっておりましたが、ステージ数で考えるとまだ全体の半分もいっていないのですよ! まだですよ! これだけやってまだ半分以下なのですよ! 
ふう。
我々の旅はまだ終わりじゃないってコトですね。ますます気をつけて東京公演に向かいたいと思います。


さて、その大阪公演中に劇団員の保坂エマさんと散歩してきました。そしてその模様はエマさんのPodCastみたいな番組に収録されております。

本町の船場センタービルから心斎橋の大丸百貨店まで、大阪の中心部を散歩しております。よろしければご視聴下さいませ。
エマさんの番組では以前にも池袋を散歩した記録がありますので、そちらもお楽しみ下さいね。


でね、今回の大阪散歩を改めて聴いてみるといくつか問題点が判明しました。まず、歩きながら話しているから、話がちょいちょい変わったり途中で終わってしまったりしているコト。それから、地図とか見ながら「こっちが~」とか「これが~」とか説明してしまっていて、音声だけ聞いていると全く判らないコト。そりゃそうだ。動画じゃないんだから。

そういった意味でも、この散歩で巡ったいくつかについて、部分的にではありますが画像で補足してみたいと思います。なお写真の都合上、今回の散歩よりも以前に撮った写真も含んでおります。

とか思ったんですが、最初から躓きました。まず、スタートの船場センタービルの写真からしてありません。以前にも撮っていませんでした。そりゃそうだよなあ。タダの高架下ビルだもんなあ。
お詫びに船場センタービルの公式HPを貼っておきますね。中でも「船場の歴史」というページが勉強になりますよ。

気を取り直していきましょう。次に行ったのが「坐摩神社(いかすりじんじゃ)」です。こちらは以前にもこのnoteで書きましたよね。こちらのページに坐摩神社の所在地が「中央区久太郎町四丁目渡辺」である理由を書いておきましたのでご参照下さい。

で、それが判る住居表示板がこちら。

唐突に、渡辺

ちゃんと「中央区久太郎町四丁目渡辺」と書いてあるでしょ。通常の場合、一番下の渡辺と書いてある場所には数字が書かれているんです。

ちなみに坐摩神社の御由緒がこちらです。拡大して読んでみて下さい。

そして、会話の中で紹介されている旧鎮座地である行宮(あんぐう)の解説板がこちら。

現在地に遷座される前には、こちらの天満橋のそばにあり、現在でも行宮があるのだそうです。この辺りが「渡辺の津」と呼ばれていたので、渡辺姓発祥の地といわれているのです。
会話で「こっちの方が大阪城で」とか言っているのは、地図の下の方です。地図上部の青色の部分である土佐堀川(大川)を堀として使うために遷座させられたと言っているのです。

それから、境内にあるもう一つの神社が「火防陶器神社(ひぶせとうきじんじゃ)」

横にある灯籠も、上に掲げられている扁額も陶器でした。
西横堀と中央大通りの辺りには陶器神社の案内板があって「肥前鍋島家の上屋敷があって云々」という「せともの町」の由来が書かれておりました。

「器と火除けの神さん」の「神さん」の部分が大阪っぽい

次に行ったのが、エマさんと街ブラをする発端となった「NIPPOニュー新町ビル」

中にはお店があるようですが、入ったことはない

かなりリフォームされていますが、おそらく昭和初期頃の建築でしょう。屋上部分の出っ張りとか、そこの丸窓とか、階段窓の上部丸みとかが可愛くて、昭和モダンを感じさせます。
そして高速道路側(昔は川側)の壁面がこちら。

写真を撮っているエマさんと一緒に

角まで巻き込んだ正方形の窓がカワイイでしょ。昔は川を見下ろせていい景色だったんだろうなと思います。
ちなみに、夜にはこんな感じ。

夜は夜で美しい

お洒落だよねえ。

そして、このビルの向かいにある、ミニストップの入ったビルもかなり年季が入っています。

テントの幌がボロボロです

こちらは戦後の昭和中期頃の建築でしょうか。窓枠の辺りにレトロさが感じされるんですよね。

このまま南下してアメリカ村(通称アメ村)方面へと向かいましたが、この辺りではあまり写真を撮っていないんですよ。人も増えてきましたし。
アメリカ村のあたりは江戸時代は炭屋町と呼ばれ、昭和の頃には倉庫街だったようなのですが、1070年代頃から倉庫を改造したショップでアメリカ西海岸からの輸入衣服や雑貨、輸入レコードなどが売られ始めてアメリカ村と呼ばれるようになったんだとか。

そして最後に向かったのが心斎橋の大丸百貨店です。ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した大正末期~昭和初期頃の建築です。子供心にも「ゴージャス!」と思わせたその壮麗さが記憶に残っておりますが、近年建て替えられたと聞いて不安に思っていたのです。
どう建て変わったのか、昔のゴージャスさは残っているのか。
そんな不安の中で、久しぶりに見た大丸心斎橋店本館の姿がこちらです。

ああ! 低層部は昔のまんまじゃないか! ゴージャス!

建て替えに当たって、元の部材を相当に再利用して作られたのだそうです。だからかつての姿を保っていられるのですね。
特に正面エントランスのファサード辺りはかなりの再現度でした。番組の最後の方、会話がフェードアウトしていく中で私が喋っている「この、おす」というのは、扉のこの部分です。

「おす」

当時のまんまかどうかは判りませんが、シンプルに「おす」と書いているのがレトロでした。
なお、壮麗さを残したままの建て替えについては、こちらの竹中工務店さんの記事が大変詳しいので、気になる方はご覧下さいませ。そりゃそうだよな、施工当事者だもんな。

https://www.takenaka.co.jp/news/2020/04/01/index.html

そんなこんなの「エマの今日はこんな感じで… エマの大阪探検! ブラアワネ船場・心斎橋編」の解説でした。あ、会話の前半で私が撮っていたマンホールの写真はこちらです。

やっぱり大阪は橋の街だね
カラフルな消火栓マンホール

大阪でも撮っちゃうよね、マンホール。

それと、大丸心斎橋店について話している時に言及していた日本橋高島屋の「百貨店展ーー夢と憧れの建築史」についてはこちらを。

小さな展示ですけど、中身は濃いですよ。来年2023年の2月までやっているので、お近くの方は、ぜひ。


とまあ、大阪の散歩ももうちょっとありますので、そちらの方もいずれ書きたいと思います。
とはいえ、まずは新橋演舞場での東京公演です。新橋演舞場も久しぶりなので楽しみですね。楽しみながらも気をつけて進んで参りたいと思います。どうぞお楽しみに!


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