Place of Love


前回のストーリー(第5章)




先のライヴツアーのパンフレットに掲載されたNY紀行文は少なからず反響を呼んだ。

それも一時のことで、すぐになにごともなかったがように、日常は淡々と続く。


また東京に行く日が近づいてきた。


いつも真っ先に出迎えてくれる吉澤瑞希の姿がない。決まって彼女が迎えてくれるので、それがあたりまえだと思っていた。代わりに迎えてくれたのは彼女の親友、スタッフの松岡理子だ。

「あれ?みいちゃんは?」

「Macoさん、瑞希のこと、みいちゃんって呼んでるんだぁ(笑)」

「えっ?ああ、いやぁ・・・」

やられた、まんまと嵌められた。


【熊本の夜。回想】

「もう、他人行儀だなぁ。みいちゃんって呼んでください。事務所のみんなもそう呼んでくれてます」



「瑞希、実家のお父様の容態が良くなくてしばらくお休みなんです」

「ああ、そうなんだ・・・。あ、ちょっと、誰にも言わないでよ?みいちゃんって呼んでるの。松岡さん!」

近寄ってくると小声で

「大丈夫。誰にも言いませんよ。私のことはさとちゃんと呼んでくださいね(笑)」

「えっ?」

「冗談ですよ、やだなぁ、もう(笑)」

揶揄うなよ。


一抹の寂しさはあった。僕はなにかを期待していたのだろうか。いや、逢えるのを楽しみにしていたのは本当だが。



彼女に託された企画書や資料を松岡さんから受け取る。

やれやれ。今度はなにをさせようってんだ?“吉澤さん”。


松岡さんから、諸々受け取りました。

そうメイルしておいた。


レスポンスが早い彼女。なにも僕にだけってことではないだろうが。

あいにく出られなかったが、着信履歴を見るとメイルを送ってからわずか4分後。

メイルでよかったのに。


「もぉ、Macoさん電話出てくれないし、全然折り返してもくれないし、私、避けられてるのかも?って(笑)」

着信に気づいたのが1時間くらいあとで、それから折り返すまでも少し空いたので、そういわれても無理はないのだが。

「そんなことないよ」

「里子に聞きましたよ。Macoさん、私がいなくて寂しそうだったって(笑)」

里子?ああ、松岡さんか。

「いや、あの、ほら・・・。そんなこと全然聞いてなかったから、ほら・・・、お父さん具合悪いって」

「フフフ、動揺してる。かわいい(笑)」

無邪気というか、きっと悪気はないんだろう。


「それより、お父さん具合はどうなの?」

「だいぶ良くりました。週末には東京に帰れそうです」

「そう。良かったね」

「ありがとうございます」

「吉澤さん、実家って何処なの?」

「もう、みいちゃんって呼んでくださいって(笑)大阪です。来てくれてもいいですよ?逢いたいなら(笑)」

「うん、止めとく。また次回東京でね」

「逢いたいくせに素直じゃないなあ、もう(笑)」

すっかり翻弄されてる。

「私は、逢いたいです・・・」


肝心の本題に触れ忘れた。とはいえ、実はまだ諸々の書類には目を通していなかった。


彼女の最後の一言に、「またね」としか返せなかったこともあり、なんとなく気まずさが残ったまま、しばらくは事務的なやり取りだけは続いた。


ある日、さりげなく松岡さんがいった。

「私、瑞希とMacoさん、お似合いだと思うんだけどなぁ〜。」


瑞希から想いを打ち明けられたのか?いや。そもそも、松岡さんの勘違いなのかもしれないし、松岡さんの真意は分からない。あくまでも仕事上のパートナー。こっちは割り切っている、そのつもりだ。


それに、僕には家庭がある。


逢いたいと呟いた瑞希の言葉。松岡さんのさりげない一言。ふと気づけばいつもそのことを考えてる。もはや、チェックメイト間近?

理性、と本能。

私は絶対なのだ、といいきってフィンガースナップしたサノスのように、絶対的な本能が6つのインフィニティ・ストーンが揃った時のような力を発動してしまうのか?

それとも、理性こそが絶対で、本能を駆逐してしまうのか?ならば、私はアイアンマンだ、とスナップしたトニー・スタークのように。


しばらく経って久しぶりに瑞希と再会した。東京で会うのは4ヶ月近くぶりくらいだ。その後、彼女が熊本に来た日からも3ヶ月くらい経つ。

その間もリモートで顔は合わせていた。

「久しぶりって気はしないね?」

「実際に会うのとは違う。やっぱり会うのがいちばんです!」

そう微笑む彼女が眩しい。見惚れてしまいそうだ。

「私たち、カップルに見えるかな?」

スクランブル交差点。信号が青に変わる時、不意に彼女はそういう。

「親子でもおかしくない歳の差だよ?」

「えっ?歳の差関係なくないですか?それに、Macoさん、全然若いですよ」

そういった彼女の凛とした佇まいが美しかった。

「そう?ありがとう」

少し沈黙が続いたあと、

「だいじょうぶ。私、Macoさんの家庭壊すつもりないから。安心して」

ああ・・・。

なにも返せないでいると、

「里子がなんか変なこといってなかった?気にしないでくださいね」

どこか寂しげな、それでいて尚明るく振る舞う姿にまた胸締めつけられそうで。


「ねえ、Macoさんの奥さんて、どんな人?素敵な人なんだろうなぁ。会ってみたいな」

「ああ・・・。今度予定聞いてみるよ」

「いいんです、いいんです。気にしないでください。思っただけだから」

思っただけって・・・。

「実は私、今日誕生日なんです。フフフ」

「そうなの?早くいってよ」

「いいんです、こうして逢えたから」

彼女がそれでいいというのならいいのかもしれない。

そうは言っても。



空がまた暗くなり今にも泣き出しそうな夕暮れ時。

ただ、彼女が愛しいと思えた。


あの夏の日から3年。今年の夏も暑さが厳しい日々になるという。

また君に逢えるのはいつのことになるんだろう。


あの日、渋谷で別れてから吉澤瑞希との連絡は途絶えた。時おり業務連絡のメイルはあったものの、今となってはそれすらなくなった。

メイルがだめなら電話すればいいじゃないか。

そうはいってもなにを話す?

「元気かな、って思って・・・」

そう切り出すのか?それに、特別用があるわけでもない。

だとしても。



気にならないといえば嘘になる。おそらく、元気にしているんだろうからそれでいい。



2ヶ月ぶりに訪れた東京の事務所で、瑞希の親友でもある松岡理子から彼女が辞めたことを聞いた。
彼女から受け取ったこの企画書や資料もきっとムダになるんだろう。

「私、Macoさんが書くもの、好きなんです」

彼女がそう話してくれてたのを思い出す。
仕事上のつきあいがある出版社をはじめいくつか個人的に掛け合ってくれてたと聞いたのは最近のことだ。

あとで知ったことだが、あの人の事務所に所属することになったのも、彼女の強い薦めがあってのことだったそうだ。


なのに、瑞希、君がいない。


東京の事務所での諸々は電話やメイルで済むことがほとんどだ。わざわざ出向くこともない。正直いって彼女に逢うのが楽しみでそのために上京していたような部分はある。

かといって、いわゆる“〇〇ロス”というような落胆や失望もない。ちょっと複雑な感情。


事務的なやりとりをする彼女の後任の、形だけの専属スタッフからは出版企画がどうなるのか、は聞かされていない。

せっかくだから、瑞希の意図に沿った形で加執したり修正したりは続けている。

日の目を見ることはあるんだろうか?


関係ない。僕の意思でもある。彼女の援軍がなければそれは険しい道かもしれないが、この出版企画が実現した時、彼女もきっと喜んでくれるだろう。その姿を想像しながら。

もはや、実際に喜ぶ姿は見ることはできないかもしれないが、想像するだけでもうれしくなる。


それぞれの場所でそれぞれの想いを抱えて生きているそんな毎日の中で、互いが必要とするなら、必ずいつかまた逢える。


そうだよね?


その日まで、その時まで。とりあえずお互い元気で。


今はただ、静かに眠ろう。



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