君に夢中 前編【日誌のようで物語のような】2600文字
今年も都内某区のテニス連盟の団体戦1部リーグにエントリーを果たした。
そう、これは果たしたという表現が正しい。
昨年の決戦で負けた借りを返す“果たし試合”の1部エントリーなのだ。
昨年優勝したチームは
これまでに1部リーグ優勝14年連覇中だった。
テニスコーチの面々を揃え、
中々の強豪ぞろいで、
その他のチームを圧倒している。
幾多のチームが挑戦を挑んできたが、
優勝を固く譲らず、
その睨みの強さはラオウのごとし
“天上天下唯我独尊”の境地に達し、
この地域の草テニス界隈に君臨していた。
“ポッとでの新米チームが
ひっくり返せたらおもしろいな“
16性格診断はENFP-Aで運動家タイプの
macoとしては好奇心がくすぐられてしまった。
そう思い立って7年前にチームを編成して、
まずは最下部の4部にエントリー。
そして4部、3部、2部と毎年優勝を重ねて、
難なく1部へ昇格していったが、
コロナ禍で3年間の大会の中止の足踏みの後、
ようやくラオウチームと対戦することになった。
しかし、そこは1部優勝常勝ラオウチーム、
簡単には優勝の玉座を譲ってくれなかった。
そうは問屋が卸さないと、
macoチームはいとも簡単に負けた。
2位という結果に終わり、
そうしてラオウチームは
14連覇の記録を更新した。
団体戦のルールは、
エントリーしたチームでの総当たり戦。
各チームとの対戦は
女子ダブルス、混合ダブルス、男子ダブルス
の順で3試合行い、
各試合は6ゲーム先取形式で、
3試合の内2試合を取れば勝ちとなる。
この挑戦を果たすために、
今年のメンバー表には
去年とはひと味違う仕掛けがあった。
NYヤンキース並の補強を施しての
メンバー表なのだ。
大型補強でチームメンバーを万全に整え、
メンバー表を提出する時は、
ニンマリと思わず微笑んでしまった。
1部初優勝の女神が
僕らの方に巡ってくる事を確信していた。
そうなのだ、僕らのチームに必要なのは
まさに女神とも言うべきヴィーナスだったのだ。
去年の団体戦では、
男子ダブルスは全てゲームを取ったものの、
女子ダブルスは全てゲームを落としていた。
男子を向こうに回してのラリーでも、
引けをとらない女子。
そんなヴィーナスがいてほしいのだ。
とは思うもののそんな逸材には
滅多にお目にかかれることはない。
それが現れたのだ。
チームの女子メンバーが
シングルスの試合に出場した時だった。
初めて目にする凄腕女子がいたとのことで、
そのチーム女子メンバーの紹介を通じて、
テニスのヴィーナスが僕らのチームに
加わる事になった。
一緒に練習すれば、
ストロークのパワーは充分、
スナイパーのような動きのポーチ、
バックハンドのドライブボレーの
美しさには見とれてしまった。
ミッシングピースがピタッとはまった。
彼女なら混合ダブルスもいけるだろうと思い、
僕らのチームの敏腕男子A君と組んで
混合ダブルスの試合に出てみれば、
すんなりと優勝してしまった。
そんな彼女の名前が
今回の団体戦のメンバー表に連なっている。
ラオウチームとの対戦に
macoはエントリーせずに
ゆっくりと観戦させてもらうおう。
コーヒーでも飲みながら
ベンチでニタニタ笑いながら、
試合の成り行きを見守っていればいい。
15連覇を阻む段取りは完璧に整い、
余裕の目論見でメンバー表を提出した。
しかしそんな目論見は
ほどなくしてほころんでいくのだった。
敏腕男子ABペアにヴィーナスが加わり、
優勝トライアングルの布陣は
整っていたのだったが、
メンバー表を提出してから
2週間がたったある日、
敏腕男子ペアのA君が
「すみません、
試合の全日から出張になってしまいました」
との連絡をもらった。
鉄壁を誇る男子ダブルスペアの片翼を
失ってしまった。
そして試合1ヶ月前を迎えた頃だった。
我がチームに合流してくれた
ヴィーナスだったが、
試合当日が仕事になってしまったというのだ。
「せっかく誘っていただいたのに、
今回は力になれずすみません」
彼女のその言葉が残響となって、
耳の奥でこだましていた。
僕はつとに冷静を装いながら、
「また来年もあるし、
タイミングがあえばで大丈夫だよ」
とは言ったものの、
優勝へのトライアングルの布陣の2つを
失ってしまうのは痛手という以上に2位も危うい。
チームに相談しなくてはならない状況になった。
試合1週間前までメンバー交代は許されていた。
ヴィーナスの埋め合わせは叶わなかったが、
残っていた敏腕男子B君の大学テニス部時代の
一人にヘルプを頼むという提案をもらった。
男子をもう一人補強して、
たとえ女子ダブルスを全部落としたとしても、
混合ダブルスでも男子ダブルスでも
男子で踏ん張っていく作戦で
立て直そうと思った時、
内なる世界から声が聞こえてきた。
それは悪魔の戯言か
天使の誘惑にも似た声だった。
“他の人を頼ってばかりで
常勝ラオウチームを負かしても、
そんな遊びで面白いのか?
ここはお前がやってこそ、
面白いじゃないか。
ラオウチームの正面から挑む
千載一遇のチャンスじゃないのか?
遊びは見ているより、
やったほうが楽しいに決まっているじゃないか。
どうせならお前がやってみなよ。
お前だよ、お前“
男子のヘルプを入れないとすると、
他にいる男子は自分しかいなかった。
自分さえどうにかなれば、
例え敏腕男子A君の代役とはいかないまでも、
ドローの組み方次第で、
常勝ラオウチームに肉薄できるはずだ。
自分さえどうにかなれば。
これは自分が始めた遊びなのだから。
ここは自分がラオウ戦のダンダブに入ろう。
その日を境に、
ジムに週4日通い、
ランニング、スイミング
ダンスレッスンもこなし
さらには、
テニスに週6時間割き、
おまけに自転車通勤!
誰かに頼ろうなんて、
腐った考えを一掃して、
とにかく、とことん追い込んでいった。
真剣に遊び通して鍛え直していった。
そしてあることに気がついた。
ここ何年ものあいだ
仕事だろうと、
遊びだろうと、
とことん追い込んでやることがなかった。
何か経験則的な自分の物差しで線を引いて、
予定調和的な結論でやり過ごしていた。
それが今、
テニスを通じて、
どこまでできるかは分からないが、
自分をとことん追い込んでいる状況に
身を投じている。
自分磨きとはそういうことだ。
追い込まなければ磨かれない。
そういうことだったよ。
磨いているんだから、
キツくて当たり前じゃないか!
―――後半につづく―――
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