海面上昇と都市
防潮堤のかさ上げに取り組む東京都
2023年3月、東京都港湾局は地球温暖化に伴う海面上昇や台風の強大化を見据えて、東京湾沿岸の防潮堤のかさ上げなどに取り組むこととし、「東京湾沿岸海岸保全基本計画」を改定・公表した。
同計画において東京都は、パリ協定の目標と整合する RCP2.6 シナリオ(2°C 上昇に相当)に準拠して気候変動の影響を試算することとし、それに基づいて以下の想定を置いた。
① 海面水位の上昇
温暖化に伴う海水温の上昇による膨張や氷河・氷床の融解によって海面水位の上昇が想定されている。IPCC特別報告書によれば 2°C上昇シナリオの場合、2100 年時点の世界の平均海面の上昇は 0.29m〜0.59m と予想されているが、東京都ではその最大値をとって 0.6m 上昇すると設定した。
② 台風の強大化
台風や低気圧の接近により平常時よりも潮位が高くなる現象を高潮という(潮位上昇の主な原因は、低気圧による海面上昇や、風による吹き寄せなど)。従来東京都では台風に関しては伊勢湾台風クラス(最接近時の中心気圧940 ヘクトパスカル)を想定して施設整備を進めてきたが、今般の改定では近年の台風の強大化の傾向を考慮して、それを上回る 930 ヘクトパスカル規模の台風の襲来を想定することとした。
上記のような設定に基づき、東京都は防潮堤のかさ上げを実施することとした。かさ上げの対象は、総延⻑約60kmの防潮堤のうちの約30kmに及ぶ。かさ上げの高さは場所によって異なるが、豊洲地区で60cm、晴海地区で80cm、東部地区(11号地)では最も高い 140cm などとなっている。
例えば東京五輪選手村跡の「晴海フラッグ」は既に再開発時にA.P.(東京湾基準水面)+6.5mの防潮堤を整備済みである(下図)が、今回の改定ではこれをさらに80cmかさ上げしてA.P.+7.3mとするとしている。
ニューヨーク市「BIG U」
さて、当たり前の話だが温暖化に伴う海面上昇は東京都だけの問題ではない。海はひと続きなのだから、その影響は海に面している世界中すべての地域にほぼ等しく及ぶ。ということで、諸外国の取り組みについてみてみよう。
まず最初にご紹介するのはニューヨークの「BIG U」。
2009年に設置されたニューヨーク市の諮問機関「ニューヨークの気候変動に関するパネル(NPCC)」は、2100年までに同市の海面が4.17フィート(127センチ)上昇し、最悪の場合9フィート(274センチ)になる可能性があると予測した。加えて2012年にはハリケーン・サンディが同市に甚大な被害をもたらしたこともあいまって、同市では将来の洪水や気候変動から街を守るため、マンハッタンの海岸の開発に関するコンペを実施し、デンマークの設計事務所・ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)の「BIG U」プロジェクトが選定された。
プロジェクトのベースは、マンハッタンの南部地域に「ドライライン」という延長12kmに及ぶ洪水防止の「防衛ライン」を築くことだ。これは、設置するエリアの特性に応じて固定の遮水壁や可動式の遮水壁、日本の「スーパー堤防」に似た堰堤(Berm)などを組み合わせて設置するというものだ。
同計画のユニークな点は、単に遮水壁や堰堤といった無機質な構造物で洪水を「防御」するのではなく、公園や緑地、魚釣り場、プール、グラウンドといったさまざまな公共施設を、水辺のパブリックスペースとして一体的に整備する計画となっていることだ。
さらに、これらのパブリックスペースの多くは「ドライライン」の外側に設置され、将来的にはある程度の浸水を許容しているように見受けられるが、このあたりはある意味で海面上昇との「共存」と言えなくもない。
この点で面白いのがマンハッタンの南端、バッテリーパークのあたりに設置の提案がされている「The Reverse Aquarium」だ。これは駆体を半ば海面下に設置して、ガラス越しに海面上昇や洪水のレベルをリアルに体感できるというものだ。
なお、2023年5月にはこの「BIG U」計画の第一弾として整備が進められていたイーストリバー沿いの「Stuyvesant Cove Park」がリニューアルオープンしている。
ニューヨーク市「Little Island」
さて、ニューヨークと言えばもうひとつ、2021年にオープンしたハドソン川沿い、というよりハドソン川の上の「リトルアイランド」にも触れておきたい。
リトルアイランドはハドソン川の水面の上に建設された人工地盤の公園で、設計はヘザウィック・スタジオ。この人工地盤は132個のプレキャストコンクリート製の「ポット」によって支えられており、それぞれのポットは、大きなプレキャストコンクリート製の柱と、水面下200フィートまで打ち込んだ杭により岩盤に固定されている。
こちらもハリケーン・サンディ後に立案された計画ということで、ポットの高さは海面から4.6 〜18.9 mと、2100年の海面上昇の予想レベルを考慮した計画となっている。
釜山・モルディブの水上都市構想
さらに、海面上昇が不可避ならば、いっそのこと都市を丸ごと海面に浮かべてしまえ、という「水上都市」が国連で真面目に議論されている。2019年4月に国連ハビタット(国際連合人間居住計画)が開催した"Roundtable on floating cities"において、水上都市にいての議論が行われ、その後の具体的な検討の結果、2022年4月には、国連ハビタット・釜山広域市・オーシャニクス社によって「Oceanix釜山」という計画が公表された。リードアーキテクトを務めるのはビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)とサムスンのグループ企業であるSAMOOアーキテクツ&エンジニア。
水上都市の構想は海面上昇による国土消失の危機に直面するモルディブでも計画があるようだ。
水上都市どうでしょう?
さて、話を東京に戻そう。冒頭で述べたように、東京都は海面上昇に対応するため防潮堤のかさ上げを実施することとしたが、その前提としている海面上昇幅 0.6m は、「RCP2.6」〜いわゆる 2°C上昇シナリオ〜の場合の最大値だ。しかし、 「RCP2.6」は最も《楽観的な》シナリオであり、CO2 排出量削減などの温暖化対策を今以上に施さなかった場合の「RCP8.5」〜いわゆる 4°C上昇シナリオ〜の場合、海面上昇は 2100 年に最大値で 1.10m に及ぶと予測されている。
つまり、東京都のかさ上げ計画では足りないということも十分に考えられるのだ。ということで、防潮堤のかさ上げという防御一辺倒の対策だけではなく、BIG Uのような水辺空間の魅力向上と組み合わせた「攻守一体」の計画や、さらには水上都市のような「攻めた」構想も、東京都は真剣に考えてみてもよいのではないだろうか。
ご存知のように、東京港は船舶の大型化によってレインボーブリッジをくぐれない船舶が増えてきたこともあり、物流機能は品川や大井に移っている(晴海客船ターミナルが廃止されたのもこのため)。ということは、レインボーブリッジより内側の水域は、水上都市の建設にもってこいのエリアだと思うのだが、いかがだろうか。
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