■「韻」の踏み方がヘタなのかな?
現代散文自由詩人の独り言(78)
◇宇野碧「レペゼン母」を読んで
講談社刊、2022年8月初版。
和歌山の梅農家のおばさんが、ひょんなことからラップに出合い、長年家出し、勘当状態にあった実の息子が同じくラップをやっていたことから、バトルを仕掛ける――。
かなり荒唐無稽とも思えるお話。
著者は本作で、小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。丁寧な筆致であり、読みやすくいて軽くない。
60を過ぎたおばさんがラップの世界であれよあれよという間に注目されるまでの物語が実に面白い。ただ、物語が「息子と対決する母」という設定がまずあるためか、その後半で物語の核の部分に近づきながら、どうも薄味になっていき、ご都合主義的な展開にも映った。
物語の前半、おばさんが義理の娘(出奔した息子の年の離れた妻)からラップを教わる部分は実に秀逸。ラップ、ヒップホップを知らなくても、声に出して歌いたくなるような脚韻だらけの歌詞が面白い。農家のおばさんがそれにはまっていく過程も、自然に描かれていて好感が持てる。
ところが、後半になると、母親が息子とどうしても対決させないといけない流れがあまり自然でない。息子との直接対決のところから、ラップで歌う歌詞もそれの前に歌われるものより落ちているのである。
文章が分かりやすくいて、中身のあるものを書ける作家なので次作に期待したい。
2本の詩を書いたが、かなりの反応薄であった。
ぼくの詩がヘタなだけか?
それともnoteではラップ的なものが嫌われるのか?