英国シティズンシップ教育(5)-なぜControversial issuesを扱う必要があるのか
「強い感情を引き起こし、コミュニティや社会を分断するテーマ」(Counsil of Europe, 2015)という、できれば避けたくなるような性質をもつConrtoversial Issue(論争的な問題)。それに敢えて取り組もうとする理由は何なのでしょうか。
この記事では、2つの資料にあたってまとめていきます。
ひとつは、前回の記事でも参照したCouncil of Europe(2015)のTeaching Controversial Issues
もうひとつは、イギリスにおいてシティズンシップ教育の導入・実践開始のために作成された報告書です。当時の委員会の責任者だったバーナード・クリック氏の名前を取って、通称「クリック・レポート」と呼ばれています。
Education for citizenship and the teaching of democracy in schools
なぜControversial issuesを扱う必要があるのか
Council of Europe(2015)のTeaching Controversial Issuesでは、Stradling(1984)*による2つの理由を紹介しています。(以下筆者訳)
1. Product-based justifications(教科の内容そのものに基づく理由)
Controversial issuesは、「現在の社会・政治・経済・道義的問題に関連」していて、「子どもたちの生活に直接的に関わっている」ため
クリック・レポートの以下の部分も引用し、このようにも説明しています。
Controversial issues are important themselves and to omit informing about them and discussing them is to leave a wide and significant gap in the educational experience of young people
論争的な問題はそれ自体が重要な問題であり、それらについて伝え、話し合うことをしないというのは若者の教育経験に重大な欠落をもたらすことになる
2. Process-based justifications(学習プロセスに基づく理由)
Controversial Issuesにに取り組むことで、学習する力や市民としての姿勢や行動が培われる
具体的には以下の3点が挙げられていました。
・教科に関連して身につく力
Controversyについて理解することは怖いことではなく、民主的な社会において生活の一部。Controversial issueを市民的、生産的な方法で話し合うことができる能力や、そのような議論に加われる力は、一人ひとりの意見が重要だという民主主義社会を実現する
・教科横断的に身につく力
コミュニケーションスキル、自信、対人スキル、高度な対話や思考力、情報処理、論理的思考力、調査力、創造的思考力や評価する力
・市民的行動
学校の枠を出て、社会に参加する姿勢。投票行動やボランティア活動への参加など
論争的な問題を子どもたちに見せないようにするべきなのか/それに対応するための準備をするべきなのか
シティズンシップ教育においてControversial issuesを扱うべき理由について、クリック・レポートを読んでいてグッとくる部分があったので、それも引用しておきます(和訳:長沼・大久保 2012)
*太字は筆者による
*ここではControversial issuesが「意見の分かれる問題」と訳されていたのでそのように記載しています。
Education should not attempt to shelter our nation’s children from even the
harsher controversies of adult life, but should prepare them to deal with such controversies knowledgeably, sensibly, tolerantly and morally.
教育の場面では、より一層激しさをます大人たちの議論から我が国の子どもたちをかばおうとするのではなく、そのような議論に知的、良識的、寛大かつ道義的に対応するための準備を行わなければなりません。
Of course, educators must never set out to indoctrinate; but to be completely unbiased is simply not possible, and on some issues, such as those concerning human rights, it is not desirable.
もちろん、教育者は決して思想の吹き込みを行おうとしてはなりません。しかし完全に偏見や先入観を捨てることはどうしても不可能であり、人権に関するものなど一定の問題に対しては、それは望ましいことではありません。
When dealing with controversial issues, teachers should adopt strategies that teach pupils how to recognise bias, how to evaluate evidence put before them and how to look for alternative interpretations, viewpoints and sources of evidence; above all to give good reasons for everything they say and do, and to expect good reasons to be given by others.
意見の分かれる問題を取り扱う際には、教員は児童・生徒に、偏見や先入観を見分けたり、目前に提示された証拠を評価したり、別の解釈・視点・証拠資料を探ったりする方法を教えるといったやり方を用いるべきです。中でも、児童・生徒のあらゆる発言や言動に正当な理由づけをしたり、他者からの正当な理由づけを予測したりする作業は重要です。
Controversial issuesを扱うことで得られる力
クリック・レポートには、Controversial issuesを扱うことで具体的に以下のような知力が得られると記載されています。
■ a willingness and empathy to perceive and understand the interests, beliefs and viewpoints of others;
他者の関心・信念・見解を認識し理解しようとする意思や共感する姿勢
■ a willingness and ability to apply reasoning skills to problems and to value a respect for truth and evidence in forming or holding opinions;
ある問題に対し論理的思考を展開したり、自分の意見を形成・保持する際に真実や証拠を尊重したりする意思や能力
■ a willingness and ability to participate in decision-making, to value
freedom, to choose between alternatives, and to value fairness as a basis
for making and judging decisions.
意思決定をこなったり判断を下したりする際の基礎として、意思決定に参加したり、自由を尊重したり、代替案の中から選択を行ったり、公平性を尊重したりする意思や能力
これらの考え方に共感して、シティズンシップ教育の中でも最も興味のある分野がControversial Issuesとなりました。留学時にも、”Teaching Controversial Issues"というクラスを受講したり、修論のテーマにもそのような内容を選び、その難しさを実感しています。
そして、いま現在も、このようなControversial issuesによる対立や、他者への攻撃が絶えない状況が続いているように感じます。本当に難しいこのテーマに、どうしても目が離せないまま今日まで過ごしています。
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出典:
Council of Europe(2015) Teaching Controversial Issues
https://edoc.coe.int/en/human-rights-democratic-citizenship-and-interculturalism/7738-teaching-controversial-issues.html(accessed 11/07/2020)
Stradling,R., Noctor,M.,Baines,B. (1984)Teaching Controversial Issues. London: Edward Arnold
Final report of the Advisory Group on Citizenship(1998)
Education for citizenship and the teaching of democracy in schools
http://dera.ioe.ac.uk/4385/1/crickreport1998.pdf(accessed 11/07/2020)
長沼豊・大久保正弘 編著 (2012) 社会を変える教育: 英国のシティズンシップ教育とクリック・レポートから
*第3編に上記のクリック・レポートの全訳が掲載されています
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