machi

I Guess Everything Reminds You of Something

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マガジン

  • 何を見ても何かを思い出す

    物語り

最近の記事

オートフィクション(2014)

はじめて彼女に会ったのは大学の入学式でのことだった。視線が彼女を追いかけていくのを止めることができなかった。斜めに歪んだ針金のような体、襟足を刈り込んだショートカットから伸びる首、化粧っけのない白い顔。女子の出席番号に並んでいるにもかかわらず、彼女はどう見ても少年だった。式後のオリエンテーションで自己紹介をした彼女が自分のことを「ぼく」と呼んでいるのを聞いた。 学生生活がはじまりみんなが群れを組んでいく中、彼女はひとり先生の目の前の席を陣取って熱心に授業を聞き、休み時間

    • 無題(2014)

      美しさによく似た清潔さで君は私を愛し、狂気によく似た耽溺で私は君を愛した。 私たちは別々の場所で同じように傷つき、同じように苛まれ、同じように諦められずに同じように足掻き、そしてあの日出会った。 世界に対する全ての認識が変わってしまうような恋だった。 君は生まれたての赤ん坊のように無垢で、空に焦がれる少年のように純粋だった。 世界の素晴らしいところが全て、君の体に凝縮されて埋め込まれていた。 それは君が目を輝かせて学び取ってきた世界の切れ端でもあり、生まれながらに携えている光

      • ハッピーバースデー(2014)

        ずっと頑なに手を離せずにいたファントムに私が別れを告げたのは、あなたに出会う少し前のことでした。 彼は古くからの友人でした。私は彼のことを心から愛していました。 ファントムは私にいつも温かい幻想を見せてくれました。 彼が作り出す幻の中で、私は無条件に愛されて満たされていました。 私はその幻想が唯一無二の真実だと信じていました。 人生を捧げても何の後悔もないと思えるほど、幻は甘ったるく真実味がありました。 長い年月が流れてゆきました。 遠い昔に失ったものに焦がれ続けるその日々は

        • 肖像

          二十歳の頃に聞いていたロックバンドの曲を数年ぶりに再生する。走り出す前奏、退廃的な金属音がヘッドホンから鳴り響き、痛みを伴う類の懐かしさが急速に身体を満たしていく。 どこにいても、誰と居ても、何をしていても苦しかった。どうして自分がそうなのかまったく理解できなかった。傷ついては凶器のように他人を攻撃した。誰かを愛することなんて私には不可能なのかもしれないと思っていた。 あの頃と同じように、ひどく掠れた声で彼は私に問い正す。その問いは私の体に巣食っている歪さを否応な

        マガジン

        • 何を見ても何かを思い出す
          2本

        記事

          スノーホワイト/ロイヤルブルー

          あの日の私にとってそれは、幸福への真摯な祈りだったのだと思う。 特急電車はひたすら北へと向かっている。車窓から見える風景はオレンジ色に輝きながら暮れなずむ。電車に乗り込んだのは昼前だったというのにもう日が暮れてしまう。 君の住む街はこんなにも遠い場所にあるのかと、私は改めて実感する。 冬休みだというのに車内はがらがらに空いていて、四人掛けのボックス席には私一人だった。 薄暗い電車の窓に、白くて歪な形をした私の顔が映っている。左の頬骨が異様なほどでっぱった輪郭、ナイフで切

          スノーホワイト/ロイヤルブルー

          あの夜の東京は

          夢を見た。 わたしは少し離れた高台にある家の屋根の上に座ってぼんやりと海を眺めている。 夕暮れに染まる砂浜で子供達が楽しそうに遊んでいる。彼らは遠い昔残酷な方法で殺された子供たちだ。 ある子供は戦争で、ある子供は親の手にかけられて、ある子供は貧困の果てに。楽しそうに声を上げて遊ぶ子供たちからはちきれんばかりの狂気と悲しみが伝わってくる。 私の隣にはさえないスーツ姿の小さな男がいる。彼が誰なのかは分からない。父親のようでもあり、長い間慣れ親しんだ恋人のようでもある。 男がゆるや

          あの夜の東京は

          長い時間

          2014-05-19 「きみ、いま泣きそうな顔をしているよ」そう言われて拍子抜けした。そんなわけないじゃないの、どちらかというと笑いたい気持ち、そう思っていたのに、その瞬間、口元が震え出して涙が出てきた。さっきから頭の中が熱くて仕方なかった理由が分かった。 わたしは目の前にいる相手を通して過去と出会い続けているんだと思った。これはいつか終わるの、真っさらな瞳であなたのことを見つめられる日が来るの。確かにこれはわたしがわたしに向き合うべき問題なんだと思う。 物語りを書い

          長い時間

          明日の向こう側に行く

          私は勉強ができない。 中学に入学するのと同時に、自分は数学が苦手なのだということをお腹の底から理解した。分からないことだらけのこの世界で、数学は私をむやみやたらに引っ掻き回して混乱の中へ引きずり込む。ただでさえ悩み多きティーンエイジャーの私に、文部科学省はなんということをさせるのだろうと思った。 中学の数学の授業で「-3×-3=9」と先生が黒板にカンカンカンと書き付けた時、頭の中に100個くらいの「?」マークがぽこぽこっと生まれた。-3から+9までを図に表しながら先生が計算の

          明日の向こう側に行く

          朝を待つ

          赤髪の女が駅の改札前で誰かを待っている。僕はぼんやりと彼女の足元に目をやる。黒い編み上げのバレーシューズに白いソックス。奇抜な風貌に似合わない、少し怯えたような目元。 この街のヒステリックな喧騒の中に身を置くと、僕はいつも自分の中にある空洞に気が付いてしまう。身体が透明になっていくような気がするのだ。感覚器だけを残して、まるで夕暮れの中に自分が消えていくようだと思う。僕はただこの街の気配を感じているだけの存在になってしまう。なにも悲しくない代わりに、一切の喜びも感じられないの

          朝を待つ

          最初の夜に

          夕暮れがいつの間にか終わっていた。まるで忘れ物みたいに、オレンジ色の雲が濃紺の空に浮かんでいる。 夜が始まろうとしていた。君と過ごす、たぶん最後の夜が。 ベットに腰掛けて、君は静かに空を見ていた。 年下の美しい男の子。私はずっと、この小さな横顔が愛おしくて仕方なかった。 「なにか飲み物を入れようか?」そう尋ねると、「いや、いい。それよりここにいて」と彼が静かに呟いた。 彼が突然、私に別れを告げてきたのは先週末のことだった。晴天の霹靂だった。あなたは末期ガンだと医者に告げ

          最初の夜に

          何を見ても何かを思い出す

          柔らかな五月の光が私たちを照らしていた。 真っ白に輝く小道には美しさ以外の何物も見当たらなかった。 街を歩く人々は軽やかな足取りで、其々のやり方でこの特別な休日を祝福しているように見えた。 例えば運命の神様が鋭いナイフを明日私の心臓に突き立てるのだとしても、それは今日の私の幸福になんら関係のない、遥か遠い明日の私が享受すべき出来事だと思った。 悲哀や恐怖の感情さえも現在の幸福に加担してしまうような、暗闇もこの歓喜の前に自らの正体を明らかにせざるを得ないような、実のところこの世

          何を見ても何かを思い出す